定時後に映画館

仕事の片手間に映画の話をします。

【傷物語〈III 冷血篇〉】来場特典②混物語あかりトリプル(感想:ネタバレだらけ)

劇場版傷物語三部作を、特典の混物語を目当てに見た人も多いだろう。

 

私もその一人である。アニメの物語シリーズをすべて見ているわけではなく、西尾維新という作家が好きで、アニメは「ついで」に見ているタイプの人間だ。

 

というわけで、映画を楽しみにして見に来ているのはもちろんなのだが、それよりも特典の「混物語」を求めて映画館まで足を運んでいるのだ。

 

というわけで、傷物語〈III 冷血篇〉特典②、「あかりトリプル」について語りたい。

 

 

混物語とは?

物語シリーズの人物が(僕が手に入れた3冊については、阿良々木暦の一人称小説だった)、他の西尾維新作品の登場人物と出会い、絡む短編である。

目次を見ると全部で15冊あるようで、物語シリーズのサブタイトルと同様に、「【ヒロイン名】×××」というタイトルがついている。

たとえば、「まゆみレッドアイ」。たとえば、「くろねこベッド」。たとえば、「あかりトリプル」と言ったように(これらは僕が手に入れた3冊だ、全種集める気力はなかった)。

 

入手方法はシンプルで、劇場版傷物語を見に行けば、入場者特典としてもらえる。しかしえげつないのは、1つの映画につき、配布される混物語は4種あると思われること。

全て手に入れようとしたわけではないので、真相はわからないが、おそらく配られている冊子が週によって、変わっている。

 

公開1週目、「きょうこバランス」

公開2週目、「じゅんビルド」

のように。

 

ちなみに混物語にはご丁寧に目次まで記載されていて、以前に配られた冊子が何だったか確認できるようになっている。

 

目次の記載の区切れ方を見る限り、おそらく・・・(以下「あかりトリプル」目次から引用)

Ⅰ 鉄血篇

1w目 第忘話「きょうこバランス」(忘却探偵シリーズ掟上今日子

2w目 第強話「じゅんビルド」(最強シリーズ 哀川潤

3w目 第法話「のみルール」(伝説シリーズ 地濃鑿)

4w目 第眼話「まゆみレッドアイ」(美少年シリーズ 瞳島眉美)

 

Ⅱ 熱血篇

1w目 第病話「くろねこベッド」(世界シリーズ 病院坂黒猫

2w目 第血話「りすかブラッド」(りすかシリーズ 水倉りすか)

3w目 第刀話「ひていクリア」(刀語シリーズ 否定姫)

4w目 第殺話「いおりフーガ」(人間シリーズ 無桐伊織)

 

Ⅲ 冷血篇

1w目 第軍話「しおぎレンジャー」(戯言シリーズ 萩原子荻・紫木一姫・西条玉藻)

2w目 第招話「あかりトリプル」(戯言シリーズ 千賀三姉妹)

3w目 第喰話「りずむロックン」(戯言シリーズ 匂宮出夢・理澄)

4w目 ????(戯言シリーズ ???)

 ⇒ウィキで調べたら、「第大話 みここコミュニティ」ですって。これ読みたかった。

 

その後、あと3冊あるようだけど、映画はもう終わっているはずだし・・・。

どうやって手に入れるんでしょう?

クビキリサイクルOVA化したし、戯言シリーズNo1名作のクビシメロマンチストが映画化されたりしないかしら。

 

そして、何シリーズとクロスオーバーするんですかね?

まにわにとか、めだかボックスとか?

 

それにしても、戯言シリーズの優遇っぷりがすごいですね。人間シリーズと最強シリーズは戯言シリーズのスピンオフだし、大分幅を利かせている。西尾維新の最初の作品だから、当然なのかしら。

 

・・・さて、推論ばかりの前段は終えて、本題に入りましょう。

 

あかりトリプル あらすじ(ネタバレ)

まあ、ほとんどの人があらすじを知りたいから、この投稿を開いているだろうから、あらすじを書いてしまいます。

千賀あかり・ひかり・てる子3姉妹がゲストキャラ。戯言シリーズ第一作、クビキリサイクルに登場するメイド中のメイド達ですね。

 

以下、あらすじ、兼ネタバレ。

時系列としては、阿良々木君が高校三年生の十一月。

阿良々木暦 高校生活 最後の1年 年表公開! - <物語>シリーズ

なでこメデューサひたぎエンドの間ですね。

 

物語シリーズ屈指の天才、羽川翼を「鴉の濡れ羽島」に招待しにやってきた千賀三姉妹。しかし彼女らはあろうことか阿良々木暦羽川翼と勘違いしていた(ちなみにこの時羽川さんは放浪中で行方不明)。

天才を試す試験として、千賀三姉妹は阿良々木暦にクイズを出題する。三つ子の彼女らの中から、千賀あかりを当てるというクイズ。ただ、一発勝負ではなく、回答権は2回ある。

すなわち、これは人間を使った、「モンティ・ホール問題」。阿良々木君としては、羽川さんを得体のしれない島に送り出すわけにはいかないから、この問題を不正解で終えることを目指している。

が、結局、阿良々木君は本物の千賀あかりを当ててしまい、「鴉の濡れ羽島」へ連行されるところで「あかりトリプル」は終了。モンティ・ホール問題のトリックについては。実際に小説を読んでもらったほうが楽しめるだろうし、丁寧に説明するとなかなか長くなるから、ここでは割愛する。

 

次の「りずむロックン」に続くのか、はたまた別の話に繋がるのかは定かではないが、明確に次を連想させる終わり方だった。

そして、西尾維新さんの趣味が爆発しており、物語の大半を心理ゲームの解説に費やしている。千賀三姉妹と阿良々木君のイチャコラを楽しみたかった人にとっては、ちょっと残念な内容かもしれない。

ちなみに、全30ページ。特典にしては豪華すぎるぞ。

 

それでも、阿良々木君はブレない。(ネタバレ)

西尾維新作品中、最も愉快な主人公こそ、阿良々木暦だと私は思う。

彼の「愉快さ」はブレない。

 

瓜二つ、いや瓜三つの三姉妹からあかりを当てないといけない場面で、「触ってもいいですか?」と華麗にセクハラしようとする主人公。

羽川翼です。巨乳です。」と自己紹介する主人公。

羽川さんを演じようとして、語尾を「はね?」とする主人公。

 

心理ゲームがメインとは言っても、しっかり阿良々木暦阿良々木暦であったこと。それが僕にとっては嬉しいのだ。

(ちなみに、「まゆみレッドアイ」では阿良々木君が最高に阿良々木君していた。)

物語シリーズらしく、メッタメタである。(ネタバレ)

物語シリーズらしく、本作品のヒロイン紹介から物語は始まるわけだが、千賀三姉妹について彼は『クビキリサイクル』の登場人物紹介をそのまま引用したどころか、「世界観が違う僕」としっかり認めてしまっている。

メタメタである。物語シリーズだからこそできる、暴挙である。クロスオーバー感、頑張ろうよ。

しかし『クビキリサイクル』ファンとしては、「本」としてのクビキリサイクルの記述がこうやってクロスオーバー作品に載っているのはちょっと嬉しい。キャラクターの出張ではなく、戯言シリーズという作品がコラボしたような。

 

ちなみに「まゆみレッドアイ」と「くろねこベッド」については、そこまでメタメタしておらず、ちゃんと同じ世界観っぽい感じで物語が進んでいたので、扱い方は作品によって異なるのかもしれない。

 

ちなみに。

転載は控えるけれど、「あかりトリプル」には西尾維新さんの文章の癖が思いっきり露わになっている一文があって、にやりとした。

わざとわかりにくくした長文。「あかりさんかひかりさんかてる子さん」これだけで読みにくい。それが何回か続く長文。あぁ、西尾維新の文章だなあ、と読んでいて楽しかった。

 

ぜひ、西尾維新ファンの方は、なんとしてでも手に入れてほしい一作でした。

 

せっかくなので、「まゆみレッドアイ」と「くろねこベッド」の感想もいずれ。

 

たこやきレインボー「まいど!おおきに!」をアイドルよくわからない僕がオススメする

たこやきレインボーというアイドルの、「まいど!おおきに!」というアルバムを友人からもらった。誕生日プレゼントだ。嬉しい。

www.tacoyaki-rainbow.jp

 

CDが2枚入っているので、おそらく上記リンクのTYPE-Eであると思われる。

f:id:midoumairu:20170129205028j:plain

↑ちなみに、紫の子のカードもゲット。その名も、堀くるみちゃん。可愛い。

 

おそらく僕にCDをくれた彼は、たこやきレインボーが好きなんだと思う。

だったら、たこやきレインボーの魅力を伝え、ファンを増やすのに貢献するのが最大の恩返しなのではないか。

 

というわけで、たこやきレインボー「まいど!おおきに!」を聴いた感想を真剣に書いていく。

 

なお、音楽を聴くのは好きだが、知識は皆無。

そしてたこやきレインボーについてもよくわかっていない。

そんな人間がオススメするという、無茶企画だ。生暖かい目で、挑戦を見守ってほしい。

たこやきレインボーとは。

とは言ったものの、ちゃんとたこやきレインボーについてある程度調べてから、彼女らの楽曲を楽しむのが礼儀であろう。

ということで、彼女らについて調べてみた。

 

まず、アイドルユニットである以上、大切なのは人だ!

しかしメンバー全員紹介していると長文となってしまうので、簡潔に済ませるために、リンクを貼っておく。

たこやきレインボー|プロフィール

見ていただいたら分かるが、5人のアイドルがいる。青・緑・黄・桃・紫。

黄色の清井咲希ちゃんが一番好き。

 

で、たこやきレインボーというグループは何なんだろうということで、wikiを見てみると、

たこやきレインボーは、スターダストプロモーションに所属する関西出身の女性タレント5人による日本女性アイドルグループである。「ももいろクローバーZ」、「私立恵比寿中学」、「チームしゃちほこ」の姉妹グループ。愛称はたこ虹

ももクロの姉妹アイドルとのこと。今後の活躍が期待されますな。

 

紹介動画があったので、こちらを見ると分かりやすいね。


まいど!おおきに!たこやきレインボーです!〜全国はじめましてVTR〜

 

さて、最低限の知識を入れたところで、早速聴いていきましょう。

アイドル楽曲となると、どのパートを誰が歌っているとか、アイドルのキャラクターによって掛け声とか合いの手の歌詞が変わるんじゃないかとか、もっと楽しむ方法があるのではないかと思いつつも、ちょっとそこまで言及すると、「よくわからない人が伝える魅力」というコンセプトからずれるので、そこは諦める。

 

目的は、よく知らない人でも、楽しめる曲紹介だ。ほないくで。

総括

元気いっぱいなアルバムだった。さすがアイドルと言いますか、関西出身っ子だけで構成されていると言いますか、アゲアゲな曲が揃い踏み。バラードっぽいバラードは一切なかった。よくドライブ中の選曲を頼まれるのだけれど、このアルバム流しておけば大体ずっとテンション高いままいられるんじゃないかなーって思えるぐらい、元気極振りだった。

そして、歌詞に関西の地名が入っている曲が結構あって、地元に根付いたアイドルと言うことが聴いただけでわかる。1stらしい、完璧な自己紹介アルバムだったと思う。

Disc  1

ここからは1曲ずつ感想を述べていくぞ。

◇ありがとう たこやきレインボーです

他の楽曲よりも尺が短い、アルバムの導入曲。タイトルにユニット名が入っているだけあって、歌詞も「たこたこたこやきレインボー」が何度もリピートされており、聴く者すべてに「たこやきレインボー」という存在を知らしめている。

マーチ調でわくわく感があり、「楽しい時間が始まるで」の一言で曲が占められているという完璧な終わり方。次の曲が仕方がなくてしょうがないぜ!ライブでは最初に歌ってほしいな!

 

ちちんぷいぷいぷい


たこやきレインボー / ちちんぷいぷいぷい_(ショートバージョン)

youtubeにもあった。

歌詞が大阪に染まっており、地元愛が溢れんばかりの1曲。DJ?の「are you ready?」の掛け声からの「ぷいぷい」のリピートによってテンションがうなぎ上り。

大阪のアイドルやで!と分からせる中毒性を有した素晴らしい楽曲だった。

 

◇めっちゃDISCO

曲名の通り、ディスコ調。ちちんぷいぷいぷいで徹底的に高められたテンションを、ある程度和らげる心地よいリズム感。熱をもったクールダウン楽曲。

 

◇尼崎テクノ

テクノ調、というのだろうこのピコピコ感は。曲名でテクノって言ってるし、正しいのだろう。このゲームミュージックを想起させる感じは好き。

後半のラップで曲の雰囲気が一気に変わって面白い。ちなみに尼崎も兵庫県の地名であり、ここでも地元愛は完璧に表現されている。

尼崎はどこなのか?という視聴者全員の疑問を体現し、怒るでしかし!というツッコミとともに次の曲へのつなぎもこなすオチも素晴らしい。

 

◇怒るでしかし!

怒らないアイドル達。アイドル楽曲らしく曲が始まり、癖になるサビ。

怒るでしかし!\ふー!/怒るでしかし!\ふー!!/

 

◇恋するビリケンさん

インド感がすごい。ビリケンさん解釈の新境地。

謎のインド感で突き放した後の、なんかジャニーズ楽曲にありそうな(怒られそうな一言だけど、他の表現が見当たらない)キャッチーなサビのギャップが良い。ギャップ萌えである。

 

◇どっとjpジャパーン!


たこやきレインボー / どっとjpジャパーン!

 

シングルで発売されている楽曲。関西の紹介では飽き足らず、日本全土に進出した記念的楽曲であると言える。曲調が読めない、不思議な楽曲だと私は思った。

なおここでも、楽曲の盛り上げ役としてDJさんが活躍していらっしゃる。

 

◇ええねん

アイドルは救いである。下を向いて、落ち込んでいる我々男性を励ましてくれる、救いを体現した楽曲「ええねん」。ひたすら「ええねん」を浴びせてくれる優しさに溢れる一曲。

 

◇ナナイロダン

私の、このアルバム一押しの楽曲。

正統派アイドルらしい歌詞とメロディ。彼女らの関西良かったのだが、徹底してアイドルらしい曲があまり見当たらないなあと思っていたところに、この楽曲が現れた。

「両手を広げて~」「大きく息を吸って~」という掛け声。サビの「ふわふわ!」「えびでー!」という合いの手。完璧にアイドル。至高である。

今すぐにでもサイリウムを振り回したくなる一曲。


たこやきレインボー / ナナイロダンス

 

 DISC2

既に2500字程度書いているが、たこやきレインボーが与えてくれた元気のおかげで、筆は休むことを知らない。そのまま書き続ける。

 

◇overture ~tacoture~

これから冒険が始まるかのような壮大なイントロからの……なんかこれもゲームミュージック感があって好き。わからないかな、この感じ。

1分半の短い楽曲だが、「ありがとう たこやきレインボーです」と同様にアルバム導入曲としての役割をしっかり担っている。

 

◇ナンバサイバンジャー

優しい滑り出しの明るい楽曲。にこにこと彼女らが歌っている姿を想像しながら両手を左右にひたすら振っていたい。良くも悪くも、耳触りがよく、他の曲に比べると尖っていない気がする。

 

◇オーバー・ザ・たこやきレインボー

ユニット名が入る、おそらく彼女らの代表曲。1stシングルのようだ。


たこやきレインボー「オーバー・ザ・たこやきレインボー」MUSIC VIDEO

何が良いかと言うと、名曲「オーバー・ザ・レインボー」に綺麗に乗っかったタイトル、そして一部歌詞。

大阪っぽい感じあるし、ただパクっててつまんない曲だったら意味がないのだけれど、しっかり良曲に仕上げて「名曲に乗っかった楽曲」というハードルをしっかり超えていった。サビも何となく、「オーバー・ザ・レインボー」っぽいのが面白い。


『オズの魔法使い』より「オーバー・ザ・レインボー」

一応参考。

 

◇なにわのはにわ

語呂の良いタイトルと地元愛。

徹底ふざけており、好感が持てる。ここまでアルバムを聴き通して思うのだけれど、たこやきレインボー楽曲は先が読めない。この曲もメロからサビが想像つかないので、サビに入ったときの感動がすごい。

女の子の「にゃ」の可愛さは半端にないよな。よく楽曲に仕込んだ。

 

 ◇絶唱!なにわで生まれた少女たち


たこやきレインボー「絶唱!なにわで生まれた少女たち」 MUSIC VIDEO

 こちらもシングルになっているみたい。連続する「なにわ」ソング。

メンバー全員のソロパートが明確に分かれており、彼女らが個人としてどのようなキャラクターを持っているかをアピールできる一曲。さすが「ももクロ」の姉妹ユニット。

環状線ゲームなんだな、関西だしな。

 

◇元気売りの少女~浪花名歌五十選~


たこやきレインボー「元気売りの少女〜浪花名歌五十選〜」MUSIC VIDEO

 怒涛のシングル曲ラッシュ。マッチ売りの少女を思わせるタイトル。名作に乗っかり、印象に刷り込む素晴らしい大阪スタイル。

アルバムで聴いた楽曲ではあるが、PVを見ていたほうが楽しいな。サビの勢いとぴょんぴょん跳ねる5人が可愛い。

 

◇クリぼっちONEDAY!!


たこやきレインボー「クリぼっちONEDAY!!」MUSIC VIDEO

DISC2の「救い」枠。クリぼっちだった私の心に、明るすぎる曲調と励ましの歌詞が突き刺さる。「次はもっともっと素敵な恋せなあかんわ」そうだよな、うんうん。

前向きに生きていける気がするよ、ありがとう、ありがとう・・・。

 

◇六甲たこおろし

私は野球事情に全く詳しくないんだけど、これって阪神タイガースの応援歌「六甲おろし」がサビじゃないですか?耳に馴染んでいる曲が組み込まれているから、とてもキャッチーだよね。リピートしちゃう系楽曲。

こんなこともできるんだなあ、地元に愛されてる。

最後の楽曲、オチにこんな驚きを提供してくるのがビックリだよ。


【たこ虹】六甲たこおろし(アンコール)@梅田クアトロ

 ライブ映像があったので、貼っておきます。

聴き終えて、書き終えて

なんか、好きになりそうだわ。どーしよう。

 

オススメGoose houseカバーソング7選

Goose houseというユニットが好きだ。

家でパソコンを弄っているときは大体音楽を流しているのだけれど、youtubeで彼らが歌うカバー楽曲を流していることが多い。

 

というわけで、Goose houseのカバー楽曲の「好き!」を7曲集めた。

前段として、Goose houseの説明と、カバー楽曲自体の魅力を書いてから、7曲の紹介に移りたい。

 

Goose house

実は、僕自身も詳しいわけではないので、ここはさらっと済ませたい。

Goose houseは現在7名のメンバーがいる音楽ユニット。しかし普段からグループとして活動しているわけではないらしく(Wiki参照)、個々でミュージシャンとして活動している7名が、「Goose house」の名の下に集い、音楽活動を行っている。

そのため、発足は2011年らしいのだが、その当時から現在に至るまでメンバーが脱退したり、加入したりと常に所属しているミュージシャンは変化している。

ミュージシャンがシェアハウスをしており、時々家をあげてライブをしたり楽曲を出したり、そんな活動をしているイメージだろうか。

 

現メンバーの詳細はこちらを。

goosehouse.jp

しかし、彼らが個々のミュージシャンとして活動している場面を僕はあまり知らない。

故に、「普段は個々で活動してるアーティスト集団」とWikiには書かれているものの、「Goose house」というグループとして活動している場面を圧倒的に多くみている僕にの認識は、「Goose house」=「人が入れ替わりする音楽ユニット・活動が経常的に行われているわけではない」といった感じだ。

 

Goose houseとしての活動として、有名なのは以下の楽曲のリリースだと思われる。


光るなら/Goose house

四月は君の嘘」のOPソングになったので、聴いたことがある人も多いのではないだろうか。もちろん、他にも彼らオリジナルの楽曲はリリースされているし、「Goose house」としてライブも行われている。

しかし、今回は「好きなカバーの紹介」なので、これ以上の深堀はやめておいて、彼らの説明はここまでとしておきたい。

カバーソングが好き。

僕はカバーソングが好きだ。世の中には「原曲が最高だぜ!カバーは糞!」という人もいるが、歌っている人が違うことで、あるいは編曲されていることで、原曲にはない魅力が光る場合もある。そういう別の一面を知ることで、その曲がもっと好きになれるということが多い。

例えば、以下のような違いがみられるのが楽しい。

 

●男女の違い

歌詞やメロディの雰囲気で、この曲は男性/女性が歌ったほうが好きだ!と感じる曲はある。カバーでそれが実現されていると、テンションが上がる。

●編曲

明るい曲がバラードになっていたり、別の楽器を使っていたり。曲の印象が全く変わるので、楽しい。

●ハモリ

1人のボーカルが歌っている原曲を、複数人でハモリながら歌っているカバーがある。ハモっていなくても、ツインボーカルならではの掛け合いのようなものが生まれることがあり、そういうのが好きだったりする。

●癖のあるボーカルからの脱却

曲は好きだけど、原曲のボーカルの声が苦手ということも稀にある。癖のないボーカルに歌ってもらったほうが好きになれる場合だってある。

 

これらはカバーソングが好きな理由の一部でしかないけれど、これから紹介するGoose houseのカバーソングオススメを7つ選ぶ上の選考基準になっている。

というわけで、ようやく本題。さあ、Goose houseのカバーオススメ8選を紹介するよ。

Goose house オススメ7選

①車輪の唄/ BUMP OF CHICKEN


車輪の唄/ BUMP OF CHICKEN(Cover)

Goose houseを知ったきっかけの曲。ナタリーの竹渕慶さんインタビューを読んで、なるほど聞いてみようと思い、「これはすごい」と思った。

原曲はアップテンポでどこか明るい印象のある曲なんだけど、カバーは完璧にバラード。実は歌詞を見たら別れの曲だから、バラードって解釈の仕方もあるよなと感心した。

natalie.mu

こちらが僕が読んだインタビュー記事。

 


BUMP OF CHICKEN『車輪の唄』

そして原曲。全く雰囲気が違いますね。

 

波乗りジョニー桑田佳祐


波乗りジョニー/桑田佳祐(Cover)

鍵盤ハーモニカとアコギで爽やかな夏を感じさせるカバーに仕上がっている。ぎらついてなく、曲通じて穏やかなのが耳に優しい。リピートしたくなる一曲。

正直なところを言うと、AメロBメロの女性陣のギリギリの音程で歌ってる感じが好きで選んだ。特に一番の竹澤汀ちゃんの声が最高。服装も可愛いし、視聴者男性の心を奪いに来てる。恐ろしい。

 

なお、こちらは原曲youtubeに見当たらず。アップしてないんだねえ。

 

ハッピーサマーウェディングモーニング娘。


ハッピーサマーウェディング/モーニング娘。(Cover)

ウェディングソングの4番バッターのカバー。

バンジョーの威力よ。カントリー調になったこの楽曲が好きということに尽きるのだけれど、歌っている人の層が厚いからパートの分担が楽しいのも魅力の一つ。

「なんだてめえは!」(歌詞だと「なんだ君は」なんだね)

 


モーニング娘。 『ハッピーサマーウェディング』 (MV)

 原曲。2000年リリースなのか・・・はるか昔の曲になってしまった。

 

サイレントマジョリティー/欅坂46


サイレントマジョリティー/欅坂46(Cover)

滅茶苦茶かっこいいな!と思って久々にアイドルの曲をTSUTAYAでレンタルした「サイレントマジョリティ」。原曲は可愛い女の子達が可愛らしい声で歌っているのだけれど、反逆の歌だし力強く歌ってほしいなあと思って探し当てたのがこちら。

センターのワタナベシュウヘイさんのパワーボイスが良い。サビが静かに始まっててて、「NOと言いなよ、サイレントマジョリティ」で声が伸びる感じがとてもかっこいい。


欅坂46 『サイレントマジョリティー』

原曲こちら。確かこちらデビュー曲だったよね?大人への反逆の歌を、センター14歳のユニットが歌っている勢いの良さ、グレイト。

 

サウダージポルノグラフィティ


サウダージ/ポルノグラフィティ(Cover)

ポルノグラフィティも好きで、彼らのライブに行くことで僕は音楽にハマったみたいなところがある。

原曲のラテン調の雰囲気を壊さず、忠実に再現されており、ファンが聴いて嬉しいカバーになっている。

何よりの魅力は、センター竹渕慶さんの歌声。サウダージの歌詞にある切なさを表現しながら、力強くサビを攻め抜く声が溜まらん。


ポルノグラフィティ 『サウダージ』("OPEN MUSIC CABINET"LIVE IN SAITAMA SUPER ARENA 2007 )

せっかく公式チャンネルがライブverをあげてくれてるので、こちらを。ポルノは本当にライブ盛り上げるのうまいんだよなあ。

 

シュガーソングとビターステップUNISON SQUARE GARDEN


シュガーソングとビターステップ/UNISON SQUARE GARDEN(Cover)

私はUNISONの大ファンであり、もちろん「シュガーソングとビターステップ」も大好きであり、この時代にそぐわない表現だが原曲も擦れ切れるほど聴いている。擦り切れてるのは円盤ではなく耳のほうになるか。

斎藤さんの男性でありながら繊細で透明感のある高音が魅力だが、女性2人がギターとキーボードを手にパワフルに歌い上げている様もとても好きだ。

特に、2:55あたりからの大サビが良く、ボーカルがフレーズごとに交代されていて「一緒に歌っている感」があるのが好き。最後の「一難去ってまた一興」で綺麗にハモっているのも良い。

 


UNISON SQUARE GARDEN「シュガーソングとビターステップ」ショートVer.

ちなみに原曲こちら。PVの女の子が可愛い。ショートVer.だと田淵さんの暴れっぷりの神髄が見切れないのが残念。

 

⑦年下の男の子/キャンディーズ


年下の男の子/キャンディーズ(Cover)

可愛い女の子3人が、アイドルの曲を振りありで歌ってくれる至福の4分2秒を楽しめる。

キーボードと鍵盤ハーモニカのみで演奏されているシンプルさが、彼女らの声を引き立ててよい。原曲は煌びやかな印象だが、こちらは音が柔らかく「可愛らしい」印象に仕上がっている。


年下の男の子☆

原曲はこちら。時代を感じる。

 

以上、Goose houseのオススメでした。定期的に最近の流行りの曲をカバーしてくれるから、時代に取り残されないという意味でもとてもお世話になっています。

 

 

【14の夜】不甲斐ない父と浅川梨奈の乳という多大なる価値。(感想:ネタバレあり)

おっぱいの有用性について書いた記事を過去にアップしてから、肝心な映画の感想を書くまでの期間が大分開いてしまった。

midoumairu.hatenablog.com

今更だが、「14の夜」の感想を書きたい。都心だと「テアトル新宿」で2月3日までの上映だから、気になる皆は、急げ!

ちなみに、視聴したのは1月15日なのだけれど、当時はこんなドリンクが販売されていた。

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まさしく性春である。カルピスを使っているのがグレイト。露骨に下ネタじゃねえか。

どんな映画?

14-noyoru.com

 こちらの「イントロダクション&ストーリー」を読んでいただければ一発で把握できるが、簡単に概要を。

監督・脚本は足立紳さん。39回日本アカデミー賞で話題になった「百円の恋」で脚本を担当していた人ですね。

 

ストーリーは以下の通り。

舞台は1987年の田舎町。主人公タカシ(もちろん14歳)は柔道部の友人3人と、深夜に近所のレンタルビデオ屋で実施されるAV女優のサイン会にいこうぜ!と約束する。その一晩の物語。

不良に絡まれたり、お隣さんの巨乳な幼馴染がいたり、不甲斐ない父が嫌いだったり、姉が婚約者を連れて挨拶をしにきたり、イベントがてんこ盛りの1日を、何者にもなれない葛藤を抱いたタカシが、どのように過ごし、その過程でどのように成長するのかを描いている。「THE 青春映画」だと思ってくれていい。

 

ちなみに、僕の定義する青春映画とは、

①中学生~高校生の主人公が、何かしらの悩みや葛藤を抱えており、

②家族との関係・恋人との関係・友人との関係を通じて、

③その悩みや葛藤と向き合い、場合によっては乗り越える物語。

を指す。

 

こういった青春映画は、ラブコメにもならない限り、陰鬱とした暴力が少なからずある視聴難易度の高い作品になりがちだが、「14の夜」はシリアスな場面とコメディ要素がバランスよく配置されており、構えずとも楽しく見れる良い映画だった。

 

今回は、家族軸・恋人軸・友人軸で、「14の夜」がいかにタカシの心のうちの変化を描いたかを思いっきりネタバレしながら語っていきたい。

特に、この映画の秀逸な点は、父親と息子の関係にあると思う。

どうしようもない友人からの別離と、新しい友人。(以下ネタバレ)

まずは、タカシと彼を取り巻く友人関係の変化から、彼がどのように変化したかを語りたい。

軸を「家族」「恋人」「友人」と置いたが、唯一タカシの成長を象徴していたのが、彼の友人関係の変化だったと思う。

 

物語の冒頭、タカシは柔道部の友人達3人と退屈な時間を過ごしながら、「自分はおっぱいを揉める人間になれるか」というどうしようもない悩みを打ち明ける(14歳を真面目にさせるのは異性関係だから、しょうがない)。

しかし、友人達は自分と同じような焦燥感は抱いておらず、彼らからは「今を変えたい」という気持ちが一切感じられない。

この時点、すでにタカシと友人達に溝が生じている。最下層であろう自分自身に焦っているタカシと、平然と生きる他3人。

物語が進むにつれて、3人との溝は決定的になる。おそらくこの物語の後、4人が元のようにつるむことはなくなるだろう。なぜなら、タカシ自身があの一晩で別の視点を手に入れ、変化したからだ。

そして、タカシが恐れていた不良の金田から認められたということも、彼自身の変化を明確に示している。 根性がある、と自分より上と思っていた人間に認められたことは、タカシにとっての成長と言えるだろう。

 

「14の夜」における友人関係の変化は、タカシの変化を表す一つの指標になっている。彼は旧来の友人を失い、新しい関係を見出した。それが一つの物語の結末となっている。

おっぱいを揉ませてくれない幼馴染。(ネタバレ)

少しは成長したのかと思いきや、タカシはそれ以上の挫折を味わうことになる(その挫折こそが、彼の成長という考え方もあるけれど)。だから、エンディングで彼は笑い、そして泣いたのだろう。

徹底的に彼の気持ちを折ったのが、幼馴染のメグミちゃん。童顔巨乳で有名なアイドル浅川梨奈ちゃんが演じている。


『14の夜』スパガ浅川梨奈「やれよ!揉めよ!」メイキング&予告

 

「やれよ!揉めよ!」。だが揉めず。

 

タカシが感じていた「漠然とした焦り」が、徹底的な敗北感と姿を変えたのが、メグミちゃんおよび暴走族の取り巻き。

彼は初めて自分より格上の暴走族に立ち向かうこととなったが、結局幼馴染のおっぱいを揉むことは叶わず、それどころか「小学生時代以来かっこいいところが一切ない」と言われてしまう。

かっこよかった自分が過去の栄光であって、今の自分がかっこ悪い存在であることを決定的にされる。そんな自分を変えようと立ち向かうが、自分より強い存在には敵わず、おっぱいも揉めず、結局かっこ悪いまま朝を迎える。何一つ、欲しいものは手に入らない。

 

それが彼の最大の挫折である。「14の夜」における女性、恋、おっぱいは、彼のモチベーションの動機であり、彼を奮い立たせる誘因であり、彼を徹底的に敗北者とした重要なファクターだ。

とどめを刺す、不甲斐ない父。(ネタバレ)

敗北を経験した息子に、「お前がかっこ悪いのは、かっこ悪い父親のせいではない」ととどめを刺す父親のかっこよさよ。かっこ悪い?いいや、最後にあなたはしっかりとかっこよかった。

 

青春映画において、友情と恋はだいたい描かれている。だが、中学生・高校生にとって最も影響が大きいはずの「家族」を丁寧に描けている作品はそう多くない印象だ。

だが、「14の夜」においては、不甲斐ない父親が重要な役割を担っている。

 

まず、主人公タカシが抱く「漠然な不安」の原因を作っているのが、父だ。

教師としての仕事を謹慎中の父親

作家志望でありながら1次審査も通らない父親

娘が婚約者を連れてきても、酔っぱらってまともに相手ができない父親

息子のAVを見て楽しんでいる父親

こんな大人になるのではないだろうか、というタカシの思いが、彼の「このままではいけない」という不安につながっている。

だが、それはただの責任転嫁であり、物語の冒頭では、タカシ自身は「自分自身がカッコ悪いのは、自分のせいである」ということには気づいていない。

メグミとその取り巻きに徹底的に敗北させられた後も、おそらくはっきりと「自分の責任であること」は認識していないだろう。

 

しかし、最後に不甲斐ない父親が、息子と向き合って、はっきりと言う。

「お前がかっこ悪いのは、父さんがかっこ悪いせいじゃない」

そして、タカシの一晩の冒険は完結する。

付き合う人が変わり、敗北を味わい、最後に父の言葉で、敗北が自分の責任であることを知る。

 

物語の始まりも、終わりも、父親が生み出しているのだ。一番影響を与えている家族が、物語の中心にいるというのは、とてもリアルで良いと思う。齢14の男子が、友人関係や女性関係だけで、大きく変わるというのは無理があると思うから。

 

「14の夜」の秀逸な点は、やはりあの不甲斐ない父にあると思う。浅川梨奈の巨乳の威力も多大なる貢献をしていることは、もちろん言うまでもない。

 

 

【傷物語Ⅲ 冷血篇】劇場に相応しきエログロ(感想:ネタバレだらけ)

どうも。先日見てきた傷物語Ⅲ 冷血篇の感想を書きます。

このコンテンツの特徴上、全くこの映画の結末を知らずに見に来たという人は限りなく少ないであろうという予測をし、いきなりネタバレ全開で記事を書きます。

www.kizumonogatari-movie.com

 

midoumairu.hatenablog.com

 ↑こんな記事も先日書きました。こちらは読まなくてもいいかもしれません。

 

ちなみに、私は原作者西尾維新さんのファンであり、物語シリーズは原作をすべて読んでいます(結物語は未読)。しかしアニメは化物語だけしか見ていません。

化物語をアニメで見る 

⇒原作を読む

西尾維新のファンになる

⇒深夜アニメ視聴から離れる

⇒映画だし傷は全部見ておこう。混物語もらえるし。

といった流れで視聴に至りました。

 

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↑視聴したのはTOHOシネマズ新宿。シアターの前にパネルがたくさん。阿良々木君のパネルにはサインも描かれてますね。

 

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↑ちなみに貰った混物語は、「あかりトリプル」。戯言シリーズメイドさんですね。戯言シリーズを読んだのはずいぶん昔なので、もう一度読み返してから楽しみたいと思います。

 

久々の物語シリーズのアニメということで、Ⅰ~Ⅲまでしっかりと楽しめましたが、「Ⅲ 冷血篇」の魅力を、あるいはアニメーションとしての傷物語の魅力を、書いていきたいと思います。

 

しっかりとグロい

冷血篇は、キスショットの四肢を3人のヴァンパイアハンターから、そして心臓を忍野メメから取り返すシーンから始まります。

 

見どころは、キスショットがギロチンカッターを食べるシーン。ここの残虐性をしっかりと描くことで、阿良々木暦の「キスショットを生半可な優しさで救った後悔」が映える。

 

僕はアニメ化物語するがモンキーで、VSレイニーデビルの描写がずいぶんファンシーになっていて驚いたのですが(血の色が赤じゃないので、全然グロくない)、傷物語はド直球で血の描写をしています。

ほぼデフォルメなしで、人間の身体をキスショットが捕食している姿が表現されており、それはもう目を伏せたくなるようなグロさだった。だが、「傷」の物語には必要不可欠な描写であって、阿良々木暦の傷を生む「人間はヴァンパイアにとって食料である」という絶望的な真実をド直球で突きつけた瞬間だったな、と思います。

 

あれはTV放送のアニメで出来たのだろうか。難しそうなら、劇場版にした価値はそこにもあるのかも。

 

思えば鉄血篇でキスショットが四肢をもがれて生きたいと必死にもがくシーンも、血が飛び散っていて、とても直視できない絵だった記憶があります。熱血篇で羽川が死にかけたシーンも。

生きるとか、死ぬとか。そういう大切な場面を茶化さず、視聴者の心をずったずたにする勢いで描いているのが傷物語3部作の魅力なのかと。

しっかりとエロイ

物語シリーズ最強のヒロイン(と僕が思っている)、羽川翼さんに阿良々木暦がセクハラをするシーンが、非常に官能的に描かれています。

 

もはや、性行為を行っているのかと疑うレベルの描写力。ここは声優さんに拍手を送りたいのですが、阿良々木暦羽川翼にエロいセリフを言わせる場面が、もはやヤっている男女のやり取りに等しかった。

 

こればかりは、劇場に見に行ってくれと言うしかない。すごかったぞ。このために1500円払ってもいいぞ。

 

劇場に相応しい、始まりの物語(シリーズ全体のネタバレあり。注意)

物語シリーズの主人公、阿良々木暦の「弱っている人には全員優しい」という偽善、そして「都合のいいことばかり考えてしまう」という彼の甘さ。それが詰まっているのが傷物語だと思います。

 

想像力が及ばず、人類の敵であるキスショットに「可哀想」という理由で優しさを見せる阿良々木暦

都合よく、キスショットを殺さず全員が不幸になる選択肢を選ぶ阿良々木暦

 

この性格は物語シリーズ全体でぶれない彼の強い個性であり、魅力的な部分でもあります。(阿良々木ハーレムを築き上げたのも、忍野扇という闇を生み出してしまったのも、上記2つの彼の性格が起因しているので)

 

ちゃんと始まり物語らしく、阿良々木暦の性格を80分ちょっとの冷血篇で理解できるように描き切ったのは良かった。

キスショットの言葉で、羽川翼の言葉で、彼の性格がちゃんと語られている。この映画の最大の価値は、ここじゃないかな。

 

余談

キスショットの過去を語るシーンがあって、そこが絵本風になっていた。

その絵を担当している人が化EDの絵師のウエダハジメさん。


化物語 ED - 君の知らない物語

 

あぁ、懐かしい・・・。と感傷に浸ってしまいました。好きなんだよな、この絵柄。

 

ということで、今回の記事は以上。あかりトリプルの感想・ネタバレ記事もそのうち書きますね。

 

 

【14の夜 / 傷物語Ⅲ 冷血篇】青春映画における「おっぱい」を語りたい。(感想じゃない:ネタバレなし)

新宿に出かける用事があったので、ついでに映画を2本見てきた。

そしたら偶然にも、2作品に共通して、物語で重要な役割を担っていた部位があった。

 

それこそ

 

おっぱい

 

である。

 

言い訳をしておきたいのだけど、決して僕は欲求不満だったわけではない。どうしようもなくおっぱいを求めていたわけではない。

ここまで前面におっぱいを推している映画を、2本連続で見ることになったのは、偶然の産物だ。(1800円で見なくてよい映画を選んだ結果だ。みんなビンボが悪いんや)

 

普段は映画1本ごとに1本の記事を書いているのだけれど、せっかく偶然にもおっぱい映画を1日に2本も見るというプレミアムな体験をしたので、青春映画における「おっぱい」の役割について、記事を書きたい。

何を見たか。

タイトルに記載してるけど、一応見たおっぱい映画について説明しておく。

傷物語Ⅲ 冷血篇

www.kizumonogatari-movie.com

 

ネタバレはしない約束なので、特にどうしておっぱいなのかについて言及はしないが、以下予告編をガン見していればなんとなくわかってくれるはずだ。


傷物語〈Ⅲ冷血篇〉本予告(2017/1/6全国ロードショー)

↑1:21

 

80分ちょっとと短い映画なので、1500円で見れるのだけど、その割にはとんでもない尺をおっぱいにつかっている。

映画の詳しい感想はこちら↓

 

midoumairu.hatenablog.com

 

 

②14の夜

14-noyoru.com

 

青春ものである。14歳が真剣におっぱいを求めている映画である。

予告編も、いきなりおっぱいである。


映画『14の夜』 予告編

 

どちらも、真剣におっぱいを求めている男子が描かれた映画である。

「14の夜」だけの感想を書いた記事はこちら。

 

midoumairu.hatenablog.com

 

では本題、青春映画における「おっぱい」の重要性について、語っていくぞ。

男子の青春に、女の子への欲求はつきものである。

男子を主人公とする青春映画は、たいてい以下の要素を含んでいる。

あるいは、青春映画において、僕は以下の要素を期待している。

①恋(あるいは女性への欲求

②友情

③家庭の問題

そして、これらの三要素に、「何者にもなれない自分」である主人公が立ち向かうのがセオリーだ。葛藤が生まれ、それを打破するときの爽快感、あるいは何もできないときの無力感が、青春映画の醍醐味だと思う。

 

青春映画におけるおっぱいは、①恋(あるいは女性への欲求)において、大きなバリューを発揮する。

あるいは目的を共有するという意味では②友情でもおっぱいはバリューを発揮するかもしれないが、①恋(あるいは女性への欲求)がおっぱいの主戦場だ。

ちなみに③家庭の問題において、おっぱいが活躍する場面はない。あるのかもしれないが、あってはならない。おっぱいで家庭の問題が生まれてしまうのはあまりにチープだし、おっぱいで家庭の問題が解決されてしまったら、それは解決ではなく崩壊を意味する。

 

閑話休題

とにかく、中学生~高校生の男子の異性への憧れを描くうえで、おっぱいの描写は避けては通れない。おっぱいというか、直接的な表現をすると、「性欲」だ。

世の女性方には申し訳ないが、幼馴染への淡い恋だろうが、クラスのアイドルへの片思いだろうが、年上の先輩・お姉さんへの憧れだろうが、中高生男子の恋愛には、もれなく性欲がついて回る。なんなら、恋愛してなくても性欲がついて回る。

常に、エロいことしか考えていないのだ。我々男性はバカだ。中学生・高校生だったら、もっとバカだ。ヤリたくてしょうがない。常に性欲と隣り合わせだ。

 

中高生男子のリアルな生活や心の機微な変化を描くうえで、彼らが常日頃から抱え、悩んでいる「性欲」を表現するのは必要不可欠である。

もちろん表面上の恋愛感情だけをなぞるだけでも、十分美しく爽やかな青春映画は完成する。しかし、主人公の葛藤や現実での壁をリアルに、より視聴者に突き刺さるように描きたいのだとしたら、内にある本当の欲求に踏み込む必要があるだろう。

 

禍々しい欲求。あの子がほしい!あのことヤリたい!この熱い思いがあるからこそ、青春映画の主人公たちは、悩み、成長しようと努力する。ちゃんと性欲を描けるかどうかで、納得感が違ってくるのだ。

 

「性欲」を描くことの大切さについては以上である。もうこれで納得してもらえないなら仕方がない。

では、なぜおっぱいなのか?おっぱいである必要があるのか?それについて説明したい。

キレイな性欲の権化、おっぱい

こんな汚らしい文字の並びを、このデザインのブログで書くことなんて、間違えている。だが、僕は書くぞ。ギャップ萌えだ、これこそギャップ萌えである。

 

「性欲」というと、残念ながら我々は「汚らしい」とか「気恥ずかしい」いうイメージを持ってしまう。

ビジュアル的にも、実際に性行為を行っているシーンを見るのはなかなか恥ずかしいものだ。例えば家族でご飯を食べている時、そういうシーンが流れた気まずいでしょう?

 

では、考えてみてほしい。青春映画において、主人公たちが恋をする。あるいは性欲を抱えて、その解消を試みる。その時、例えば主人公が実際にハードに女の子とヤってしまったり、あるいは直接的に「ヤリたい」みたいな表現を使っていたりしたら、どうだろうか。

引いてしまう。悶々と童貞を抱える中高生達が、そんな直接的に性欲を表現したら、引いてしまうだろう。

登場人物に共感できないと、映画を楽しむのは厳しい。視聴者達の心を離さないように、主人公の性欲を表現するのは、実は難易度が高いと思われる。

コメディ的な要素を入れる、性欲ではなくキレイな恋愛だけを描く、などがよく見られる手法だが、まあそれだけではやはり前述した「禍々しい欲求」には踏み込めていない。

 

そこで、おっぱいである。

おっぱいは、性欲のどぎつさを緩和しつつ、男子中高生達の欲求をストレートに伝えるのに最適だ。

 

おっぱいを揉むという行為は、性的でありながらも、「性的」な枠の中では最もきつくない表現である。メディアでも「おっぱい」という表現はよく聞くし、ギリギリギャグ認定されるレベルの性的表現だろう。

「おっぱいもみてえええ!!!」という男子の心の叫びは、彼らの正真正銘の性欲を吐き出した言葉であるが、見ている側としては微笑ましくもあり、なんとなく応援さえしたくなってくる・・・そんな気分にならないだろうか。

 

つまり、性欲を極限までマイルドにし、我々視聴者への性欲への理解を促すのが、おっぱいなのだ。

青春映画におけるおっぱいの貢献は大きい。おっぱいのおかげで、男子中高生の真の心の悩みが、多くの人に伝わっている。この記事で書きたかったのは、これだけである。

 

今回のオチ

久々に書いた記事が、深夜の勢いでおっぱいについて語った文章でびっくりしている。

実は、今日2回「おっぱい」な映画を見て、どうしようもなくおっぱいに魅せられてしまった自分がいた。歌舞伎町に足を運びかけた。

だが、どういうわけだが傷物語の阿良々木くんが、14の夜のタカシが、頭にこびりついて離れない。彼らの葛藤が私の邪念を吹き飛ばしてくれた。

青春映画は良い。心が洗われるようである。彼らの葛藤の表現を支えたおっぱいに幸あれ。

 

【ぼくは明日、昨日のきみとデートする】原作小説と映画の違いが面白い(感想:ネタバレあり)

どうもこんにちは。 初めて小説の話をします。

昨日、こんな記事をアップしました。

midoumairu.hatenablog.com

 

童貞マインドにグッとくる映画、「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」。

元々「見たい!」と思ったきっかけが、原作がライトノベル作家七月隆文さん)執筆によるものだったということもあり、ちゃんと小説も読んだ。

 

ぼくは明日、昨日のきみとデートする (宝島社文庫)

ぼくは明日、昨日のきみとデートする (宝島社文庫)

 

 

 

とても読みやすい文体、通勤電車でさっと読み終えた。映画見て、話の内容が頭に入っているなら、1時間半ぐらいあれば読了できるはず。

原作を読んで改めて感じるのですが、映画版「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」はとても丁寧に登場人物の心理描写や設定の説明がされており、映画で描かれていなかった部分が小説で補足されているかといったらそうではありません。

映画を見た人は、ちょっとしたディテールの違いを楽しむ小説、と思って読むといいかと。

 

この記事では、映画版と小説版の違いを挙げつつ、「この工夫はいいなあ」って思ったところを羅列していきます。

なので、今回の記事はしょっぱなからガンガンネタバレです。

純粋に小説を楽しみたい人、映画を楽しみたい人は、読み終わった・見終わった後に読んでみてください。

 

違い① リアリティの映画版と、可愛い小説版。

映画「ぼく明日」の愛美ちゃんは、小松菜奈ちゃんが演じていることもあり、なんだか「大人っぽくて清楚で自立している」印象がとても強かった。最後まで、高寿の一歩先を行っているような、ある意味悟っているような、影がある甘えが苦手な女の子ってイメージ。

 

一方小説版。愛美ちゃんは甘えたがる子で、女の子らしい一面が強く出ている。

まあこれはビジュアルがついていないため、読者の頭で理想的な女性像を作りあげることが出来るからかもしれないけれど。ちゃんと「可愛い!守ってあげたい!」と思わせる描写がいくつかある。

 

決定的な違いは、高寿にとっての最初の日、愛美ちゃんにとっての最後の日の別れ際のシーン。映画では愛美ちゃんがそっと涙を流す程度の描写で終わっているが、小説では愛美ちゃんが感極まって高寿に抱き着いて泣いてしまうのだ。

ここの違いは大きい。「高寿が時間逆行について理解していないから、おかしいと思われないように自分は我慢しなければいけない」と自らを制御した映画版と、感情のままに最後の日に抱き着いてしまう小説版。

後者の方が、人間味があるというか、愛美ちゃん自身がいっぱいいっぱいになっている感じが伝わってきて、可愛いと思った。

 

しかし、映画でビジュアルに起こすとなると、初対面(という体で視聴者が見ている)の男女がいきなり抱き合うのはきついし、非現実的過ぎても視聴者の心が離れてしまうので、致し方がないところではある。

このシーンに限らず、小説版はもっとフィクションっぽく振り切っており、映画版はやや現実的だ。

その結果映画版では、最初から過酷な運命を知っており、全てを理解している愛美ちゃんは大人っぽく描かれているのだと思う。

 

あと、余談だけど、小説版愛美ちゃんは、例えば「だよねっ」と言ったように、語尾を良く跳ねさせる。この「っ」の感じが非常に可愛い。子どもっぽい感じが良い。小説版では、そういうちょっとした文章の工夫で、愛美ちゃんの可愛らしさをむくむくと育てあげていた。流石だぜ、七月さん。

 

違い② 絵に残す映画版と、夢を応援される小説版。

高寿が美大に通っているという設定は同じだが、その設定の活かし方が明確に映画版と小説版で異なる。

 

映画版の高寿は、絵に振り切っていた(美大だし当然だ)。そして、その「絵」という彼の特性は、「愛美と過ごす今の時間を大切にする」という描写に繋がっていく。

高寿にとっての最後の日、彼が愛美ちゃんの絵を描く象徴的なシーンがある。「彼女の今を、彼女と過ごしたこの瞬間を残す」という高寿の強い思いを感じられて、僕はとても好きだ。

実はこのシーン、小説版にはない。絵に残すという形でこの一瞬を大切にする高寿の思いを視聴者に伝えるのは、美大所属という設定を最大限に活かした映画版ならではのファインプレーだ。

 

一方小説版は、高寿の興味が多岐にわたっていて、絵よりも小説を書く彼にフォーカスされている。

小説の冒頭で「イラストレーターになりたい。同時に作家にもなりたい」と明言されており、その後も夢を追う高寿とそれを応援する愛美ちゃんが何度も取り上げられている。というか、もはやこの小説の軸になっている。

高寿が周囲に隠しながら密かに書いていた小説を、愛美ちゃんが読んで、その感想を手紙として渡す場面がある。それだけではなく、決まった30日間をなぞらなければいけない愛美ちゃんが、高寿に渡す感想だけは答え合わせをしないで書こうとするのだ。

この部分は2人の関係をとても良く表現できているなあと思っていて、「秘密の共有」と「決して同じ将来を歩めない恋人の、夢の応援」と「イレギュラー対応をすることによる大切さの表現」がぎゅっと凝縮されている。

お互いに大切にしあっていることを、将来の夢を一緒に見るということで伝えるという手法を小説版はとっていた。

 

今を大切にする描写に重きを置いた映画版。限られた時間の中でも将来を2人で考える描写に重きを置いた小説版。

優劣はないけれど、ビジュアルとして魅せる映画において、絵を描くというオリジナル路線を貫いたのは英断だと感じた。

 

※余談だけど、小説版の愛美ちゃんが高寿に渡した手紙の部分だけ、手書きになっていてとても可愛い。顔文字とか書いてあるし。なんだこの破壊力。

 

違い③ 家族写真と2人の写真

もう書きたいことは書き尽くしたのだけれど、ポイントは3つにしたがる癖があるのは社会人の嫌な宿命である。

映画版、小説版ともに高寿の家族に2人で会うシーンはあるのだけれど、映画版は家族で写真を撮り、小説版は高寿と愛美ちゃんの2人で写真を撮る。

「家族になんでなれないんだろう?」という高寿の痛みを表現するために、家族写真にするのは効果的だけど、初めて出会った家族と写真を撮れる勢いスゲーなぁって感じだ。

2人で記念撮影するほうが恋人っぽい。甘酸っぱい!この点においては、小説版に軍配が上がるかな。

 

まとめ

ディテールが違う、とは言ったものの、こうやって書いてみると映画版と小説版が結構違っていることに気付きますね。

やはり表現媒体によって、映える物語は変わってくる。

かつて私は「原作ある作品は、原作読めばいいじゃん」という主義を掲げていましたが(俗に言う改悪アニメを嫌っていました)、原作と映像化作品の違いを見ると面白いですよね。創意工夫があって。