読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

定時後に映画館

仕事の片手間に映画の話をします。

【ぼくは明日、昨日のきみとデートする】献身的な愛が描かれた、童貞に優しい映画(感想:ネタバレあり)

どうもこんにちは。

ぼくは明日、昨日のきみとデートする」を見てきました。

 

www.bokuasu-movie.com

 

監督は恋愛・青春映画だったら、大体この人って感じの三木孝浩さん。

主役カップルを演じるのは、福士蒼汰くん&小松菜奈さん。

そして原作が、七月隆文さん。

 

三木孝浩さんの映画はあまり見ないのだけれど(青っぽい恋愛映画は得意分野ではない)、七月隆文さんが元々ライトノベル作家であるということでこの映画は見ようと決めていた。

中高サブカルにどっぷり使っていた名残で、そういう何かトリックや舞台設定があって惹かれ合う男女がすれ違ってしまう、といった話が大好きなのだ。

ぼくは明日、昨日のきみとデートする」という秀逸かつ意味深なタイトルから、その「設定凝った系切ない男女恋愛」の匂いを感じとった。この映画、僕、好き。

 

去年のクリスマスイブに僕の精神をぶっ壊したこの企画が頭をちらつくが、「これは僕が好きな設定の映画、映画・・・」と気持ちを落ち着かせながら、映画館にのこのこ足を運ぶ。

www.bokuasu-movie.com

 

さて、視聴背景を長々と説明したところで、早速「ぼく明日」の魅力を語っていきましょう。


「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」予告

この予告を見て、気になった人はもれなく楽しめる映画となっていました。ビックリするほど期待通り。

全ての何気ないイチャイチャシーンが、後半の感動に繋がる(ちょいネタバレ)

この映画は一切ネタバレをせずに魅力を伝えるのが難しい。

ここでは大まかな構成だけ説明させてほしい。この映画、2部構成になっている。

前半が、福士蒼汰演じる「南山高寿」と小松菜奈演じる「福寿愛美」が出会い、仲良くなっていくパート。ここでは2人がひたすらイチャイチャしているだけで、2人の微笑ましい姿を見ているだけだ。

しかし、2人の間にちょっとした違和感がある。それが後半に活きてくるのだけれど、そこはぼーっと見ててもかまわない。映画後半、同じ場面を別の視点で描写している時間が結構あるからだ。「前半のあの部分は、設定が判明した後はこんな意味がありましたよ」とわかりやすく説明するように。

(そのせいかちょっと後半で冗長な印象を持ってしまったけれど、それは僕の辛抱が足りなかっただけかも。)

 

そして、イチャイチャをしばらく眺めた後、とあるシーンでようやく「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」と題字が現れる。この演出は「これから本当の彼らのストーリーが始まる」と感じることができて、とてもオシャレ。

 

その後、2人の関係の設定というか悲しい背景が明らかになり、2人がどのようにその現実と向き合って、2人の関係を築いていくかが描かれている。ここからが本番で、感動のポイントがぎゅっと詰まっている場面だ。

その設定が非常に上手い。お互いがお互いこのことを大切に思っていないと、愛し合っていないと、彼らの関係は簡単に崩壊してしまう。そして、彼らの運命が大きく変わってしまう。まさしく2人は運命の赤い糸で結ばれているような関係。

このような「非現実的な設定」があるおかげで、現実ではありえないような深い愛情を作品中で描くことが出来ていた。刺激を求めて消費されるような恋愛関係ではなく、相手のことを一番に考えるという形の愛。

 

隣に若い女の子2人が座っていたのだけれど、そのうちの1人がぼろっぼろ泣いてた。

汚い部分が一切ない、純粋で綺麗すぎるほどの恋愛関係を見たい人には、刺さるんじゃないかな。

献身的過ぎる愛美ちゃんと揺れる童貞心(露骨にネタバレ)

純粋な愛とかなんだとかと書いた後に、「童貞心」とかいう中見出し書いてる自分には呆れてしまう。

でも、仕方がない。僕が映画を見終わった後、真っ先に感じたのは「男性に都合がよすぎる話ではないだろうか」という疑問だった。お互いに愛し合っていることは分かるが、高寿と愛美ちゃんで、与えるものと受け取っているものが平等じゃないような感覚があった。

高寿は常に苦しみを共有できる恋人がいたけれど、愛美ちゃんは時間逆行のことを知る前の高寿に対して、何一つ相談することが出来ず、1人で苦悩を抱えながら30日目を終えることとなってしまう。それが、不平等感を生んでいる気がする。

 

2人の関係は、愛美ちゃんの時間が逆行していることを、高寿が知る前と後で大きく変化する。

高寿は、時間が逆行するという残酷な運命を知らないまま、彼への思いが最大限に高まった愛美ちゃんとの楽しい時間を過ごす。そして、愛美ちゃんから時間逆行について聞かされ、「シナリオ通りの恋愛」がきついと愛美ちゃんに辛く当たってしまうが、彼女が抱えていた苦悩に気付き、ようやく愛し始める。

しかし愛美ちゃんはすでに高寿のことを知っていて、知っているどころか「運命の人」とまで思っているぐらいだから、おそらく感情の一方通行感はない。

 

一方愛美ちゃんは、30日目の高寿に優しくされながら2人の関係を始める。高寿への思いは日が経つにつれて高まっていくが、高寿の思いはどんどんしぼんでいく。

それどころか、「シナリオ通りの恋愛がキツイ」と高寿に暴言を吐かれる。

そういう喧嘩があった場合、普通は事後フォローで傷ついた心を男に癒してもらうのだけれど、愛美ちゃんの場合は時間が逆行しているから、それは不可能だ。

愛美ちゃん的には、「明日傷つけまーす、ごめん!」と宣告を受け、その後本当に傷つけられ、なかったことにされるという流れになる。これはキツイ。

そして更に悲惨なのが、高寿が時間逆行のことを知らない期間だ。愛美ちゃんは数多くの「これが最後」を経験し、それを境に愛している高寿が明確に自分から距離を置くようになる。普通の恋愛なら、態度を改めることをリクエストできるが、それもできない。ただ、悲しみを1人で抱えなければいけない。

 

愛美ちゃん、辛すぎじゃね? 彼女の時間が逆行しているからしょうがないんだけど、それにしても愛美ちゃんは幸せな30日を過ごせたのだろうか・・・、と疑問に思ってしまった。よく、30日間高寿を好きでい続けることが出来たなあと。大人だなあと。

 

恋愛下手で優しい青年。そして献身的過ぎる美少女。

 

この童貞に優しすぎる構図、2次元によくあるやつだ!!

 

原作者がライトノベル作家だったという事前情報のせいかもしれないけれど。僕が童貞に優しいコンテンツに浴びるほど触れていたからかもしれないけれど。

それにしても、男性に都合がよすぎだろう!!!

 

だが、しかし。この「不平等感」がこの映画の魅力を生み出していることは否定できない。

女性は運命の人を信じて献身的に傷つきながら愛する愛美ちゃんに感情移入し、「なんて美しい恋愛なんだろう・・・泣ける・・・」と感動する。

そして、我々男性(童貞マインドを持ち合わせている人だけかもしれないけど)は「くわー!!!小松菜奈可愛い!こんな恋愛がしたい!!好かれたい!!」とテンションが上がる。

 

結局見た人全員が幸せになる、素晴らしいスゲー映画だということさ。

 

今回のオチ

ボロボロと泣く女の子を横目に劇場を去った僕は、六本木の街を歩きながら考えた。

この献身的な愛は、福士蒼汰くんと小松菜奈ちゃんだったからこそ、生まれるのではないだろうか。なんだかんだ一目惚れから始まっているんだし、やっぱりそうなんじゃないだろか。

私がこの映画を見終えた後、不平等だぜーなんてつまんないことを考えてしまったのは、そのことに気付いてしまったからではないだろうか。

もっと、楽しめばよかった。小松菜奈ちゃんが彼女になった気分でめちゃくちゃ楽しむべきだった。

難しいことは考えずに感情がままに見ないと、損することになる。

「ぼく明日」を見た学びが、今でも胸に突き刺さっている。

ちなみに。

映画を見終えたあと、原作も読んだのですが、映画の脚本で上手くやったなあと思えるこだわりが結構ありました。こちらは原作を読んだ感想と一緒に、こちらの記事にまとめております。

 

midoumairu.hatenablog.com