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定時後に映画館

仕事の片手間に映画の話をします。

【夜は短し歩けよ乙女】2週目に見に行くという誤算(来場者特典の話)

やってしまった。

 

kurokaminootome.com

 

僕は森見登美彦さんが大好きで、『夜は短し歩けよ乙女』の劇場版が公開されると聞いて胸を躍らせていた。

四畳半神話大系』も原作・アニメともに気に入っていて、「湯浅監督の森見作品」というだけでもう作品のクオリティは担保されているようなものであり、僕はどんなに忙しくても劇場に乗り込もうと心に誓っていたのである。

 

しかし、僕は歳をとりすぎていた。公開初日、4月7日(金)に映画館へ足を運ぶ気力もなく、8日、9日は惰眠をむさぼり、結局映画を見たのは4月16日になってしまった。

 

高を括っていた。「1ヶ月近くは劇場でやっているだろう」と。「まぁスケジュールが空いたときに行けばいいや」と。

 

間違えていた。劇場版のアニメ作品との付き合い方を間違えていたのだ。

16日、いざ友人と共に映画館に入場すると、入り口付近で可愛らしい店員さんが、店員さんに負けず劣らず可愛らしい冊子を配っているではないか。

文庫サイズの薄い冊子。淡いピンク色で、中央に大きく林檎のイラストが描かれている。林檎の中にはこんな文字が。

「劇場来場者特典 夜は短し歩けよ乙女銀幕版」

 

ふむ。これは噂の原作者のオリジナルストーリーが読める特典だな。

私は素直に喜んだ。森見先生の描く先輩、あるいは乙女の世界がまた少し広がるのだ。映画本編もさることながら、私は冊子の中身に思いをはせ、胸を膨らませていた。

 

しかし、ふとそんな気持ちに影が差す。来場者特典。TOHOアニメーション。

僕は、傷物語を思い出していた。

midoumairu.hatenablog.com

もっと言うと、「傷物語の 来場者特典が、週によって変わっていた」ということを思い出していた。

 

そこで冊子をもう一度よく見てみる。

f:id:midoumairu:20170418233439j:plain

 

「劇場来場者特典 その2」

 

やってしまった。1週目に「劇場来場者特典 その1」が配布されており、2週目以降に「その2」が配られる座組だったようだ。公式ホームページにも、ちゃんと書いてある。

 

なぜ、失敗から学ばないのか。アニメ映画と来場者特典は切っても切り離せないのに。

原作者に力がある作品ほど、特典に原作者が携わることが多いのに。

 

思えばこの作品自体の公開を知ったきっかけは星野源のANNで、しかも彼が声優を務めるという発表のときだった。おそらく、公開が決定しただいぶ後の話だろう(あとでググったんですけど、公開発表と星野源登用のタイミングは一緒だったみたいですね)。

感度が低すぎるのだ。ほんわかと好き好き言っているだけでは、好きを満たす絶好の機会を逃してしまう。情報収集を怠ると痛い目を見ると痛感した。

 

とは言ったものの、終わったことは仕方がない。「来場者特典その2」を隅から隅へと味わうことで、その1への届かない思いを胸の奥へのと封じ込めることにした。

 

で、肝心の中身なのだけれど、公式ホームページにある通り

その1⇒先輩から乙女への手紙

その2⇒乙女から先輩への手紙

となっている。

その2は7ページの冊子で、「拝啓」ではじまり「かしこ」で結ぶ手紙が綴られている。手紙なので当然「乙女」による一人称の文章だ。

 

森見登美彦さんの作品に「恋文の技術」という本がある。この作品も手紙形式で物語が展開されていくのだが、彼の文豪を思わせる硬派さにほんわかとした小気味良さが顔をのぞかせる文体はとても「手紙」に適していると思う。森実作品屈指のヒロイン「黒髪の乙女」の手紙を読むことが出来るなんて、なんて幸せなのだろう。僕はしみじみ読み溺れた。幸せな7ページを過ごした。

「その2」とあって手紙形式となると、「その1」の先輩から乙女への手紙を読んでないと中身が分からないのかと読む前は心配していたのだけれど、全く問題なく内容を楽しむことが出来た。ちょっとだけネタバレすると、羽貫さんとお出かけした話が綴られております。

 

配布は15日(土)~とHPに書いてあったので、劇場によってはまだ残っているところもあるかもしれない。ぜひとも手に取ってほしい。

 

映画自体の感想は、またそのうち。

 

【新社会人へ】昼のひとり飯は出来るだけするな、最後に切り札にとっておけ。

Netflix野武士のグルメお題「ひとり飯」

 

「野武士のグルメ」というドラマのPR企画に乗っかっている割には、「ひとり飯」を真っ向から否定するようなタイトルとしてしまって申し訳ない。

しかし、オチは「最高!ひとり飯」ということで締めくくるつもりなので、最後まで読んでほしい。

キャペーン期間終了後、Netflixによる厳正な選考をもって受賞者を決定し、週刊はてなブログにて発表します。

特に、選考者の皆さん。そして、新社会人の皆さん。

 

今日、4月3日はおそらく新社会人にとって初めての出社日であり、もしかしたら入社式が行われる日だと思う。

世間は新社会人へのメッセージ、応援で溢れかえっている。私も社会人として2年を過ごし、今日から3年目。「ひとり飯」というキーワードを目にして、私もその「応援・アドバイスの波」に一つ乗っかろうと思った。

題して、「昼のひとり飯は出来るだけするな、最後に切り札にとっておけ。」 である。

ひとり飯の「罪」と「救済」について語っていきたい。

1年目は先輩に愛される努力をするべきである。

2年前の4月1日、私は社会人となった。

内定者時代に未来の同期達と顔合わせをしたとき、滅茶苦茶オラついたうぇい系男子が溢れかえっていた様を目の当たりにし、「会社の選択を間違えたかもしれない」と心を悩ませながらの入社だった。

その恐怖と不安に立ち向かうことが出来ず、入社式の前に「イントゥ・ザ・ウッズ 」を、入社式の直後に「イミテーション・ゲーム」を見に行ったことを今でも鮮明に覚えている。

なんで出社前に映画見てんだよ。同期と交流しろよ。 と声を大にして言いたいが、過去は変えることはできない。

 

まぁ入りが悪いと、ずるずるとその歪みは引きずってしまうもので。

研修が終わり、配属された後もなかなか周りに馴染めないまま日々は過ぎ去っていった。

同期が職場にうまーく馴染んでいるのを見て(=先輩や上司に愛されているということだろう)、「スゲーな」と感心しつつ、自分との差は何かと分析したところ、一つの仮説が生まれた。

 

「オフ」の会話が上手い。上下関係を弁えながら、踏み込んでいく関係を作り上げている。

 

まぁ考えてみれば当然の話で、先輩からしてみたら、自分に興味を持ってくれる1年目は可愛いし、逆に何を考えているかわからないような新人には近寄りがたい。

愛される1年目は、自らを知ってもらい、そして相手を知ろうとしていた。9時~18時という限られた枠の中で、ただ与えられた仕事をこなしているだけでは決してできないことだと思う(事実、私はできなかった)。

 

相手を知ること、そして自分を開示すること。ちゃんと先輩に愛されること。それが1年目にとって最も大切なことだ。

なぜなら、1年目は驚くほど仕事ができない。経験も知識もないし当然だ。学生時代に学び、経験したあれこれは、会社という仕組みの中でいきなり活躍できるほどの威力を持っていない。

戦力になる社会人になるためには、社会や企業の中で闘えるだけの経験や知識を積まなければならない。その経験を1年目に与えてくれるのは誰か? もちろん上司であり、先輩である。よくわからない新人よりも、仲のいい新人の方が信頼される。結果、色んな経験やチャンスが降ってくるのだ。

 

まーこれは一般論である。「そりゃ、人に愛されたほうが良いよね。人間関係が仕事を作ってんだよ。」僕だってそんなに分かっている。だけどできなかった。

しかし出来なかった人間なりに、どうやったらイージーに先輩に愛されるのかを考えてみた。

その答えが、「一緒に昼ご飯」である。

昼ごはんの時間は、先輩と仲良くなるチャンスだった。

私は営業ではないので、オフィスで過ごしている時間が長い。1年目の時、部署の先輩方と一緒に社食で昼ご飯を食べることなどしょっちゅうだった。

 

自らを開示し、相手を知る。そんなの9時~18時という限られた枠の中で、ただ与えられた仕事をこなしているだけでは決してできないことだと前述したが、愛される1年目達は、それを昼ご飯の時間を使ってやっていたのだ。

(飲みに連れて行ってもらうという方法もあるが、最初のステップとしてはやはり昼食の時間だろう)

 

しかし残念ながら私も1年目の時は先輩方と一緒に昼ご飯を食べることが多かったが、なかなかうまくコミュニケーションが成り立たなかった。

というのも、既に関係性が成り立っている先輩方の会話に踏み込んでいくのは、どうも気が引ける。私が知らない人間の話や、仕事の話や、興味のないスポーツの話で大いに盛り上がっている。そこに踏み込んでいく度胸がなかった。

「話の腰を折ってしまうのではないだろうか」

「変なことを言ってしまっていないだろうか」

そんないらない心配をして、黙って相槌を打ちながら先輩方の話を聞いていた。常に緊張状態にあり、飯の味もまともにしない。あまり多く頼みすぎても、独りだけ食べるのが遅いと迷惑だ。

結果的に、手軽に食えて値段の安いそばやうどんばかりを啜るようになっていた。何とつまらない昼食! 先輩の話を聞きながらそば(270円)を啜っているだけ!

昼休みという名目ではあるが、仕事中よりもストレスフルな時間と成り下がってしまっていた。

 

しかし今更になって思うが、敬語や相手への最低限の礼儀さえ弁えていれば(私はそれさえ苦手だったから、仕方がないのだけど)、会話に入ることは罪ではない。

1年目という立場は「特権」だ。踏み込もうが、意見を言おうが、ある程度は許されてしまう。その切符を捨てるべきではない、大いに利用するべきだ。これから1年目生活を送る皆さんには、変な遠慮は捨てて、ぜひとも踏み込んでいってほしい。

わけわかんねえ話が展開されていたら、よく分からねえと言って興味を持つこと。そこから人との関係が深まっていくのだ。

今更になって力が抜けて好き勝手食事中も先輩方、あるいは後輩とも話せるようになったが、それぐらいのスタンスで最初っからやっていたら、もっと充実した1年目生活を送っていただろうなあと後悔している。

 

閑話休題。それが出来なかった私はどんどん「よくわからない新人」と成り下がっていった。

最初のうちは先輩方も優しいので、私に話を振ってくれるわけだが、その回答がおそらく常識を逸していたため、「変な奴」というキャラクターが出来上がってしまう(常識に則った回答を用意しておけ、自分が変な奴だと自覚している奴は)。

そして、その結果、話の振り方が過激になっていく。具体的には記載しないが、とにかく部署の人間と食べる昼食はストレスになっていた。

で、限界を超えたタイミングがあった。上司の言葉がきっかけだが、説教の延長線上にある言葉なので、必ずしも彼だけが悪いわけではなく、私も問題ありだったわけだが、心象的には最悪だった、というだけだ。

その日、一度ひとりで昼食を食べてみようと決意した。1年目の12月のことだった。

社会人の「ひとり飯」、爆誕である。

限界を迎えた後の"ひとり飯"は最高だった。

さて、ようやく「ひとり飯」にいきついた。

本来、こんなお題だったんだぞ。

お題その2は「ひとり飯」です。「野武士のグルメ」では、“気が向いた時に好きなものを自由に飲み食いする”ひとり飯の楽しさが描かれています。よく「ひとり飯」をするお店、最近食べた「ひとり飯」のメニュー、記憶に残っている「ひとり飯」……。さまざまなエピソードを教えてください。

 

心身を消耗した私は、ふらっと12時前にひとりで社食に向かった。麺類にとことん飽きていたが、財布はわびしいので、ポークカレー(260円)と野菜小鉢(50円)をオーダーする。

カウンター席のようになっていて、誰とも向き合わずに外の景色を見ながら食事が出来る一角がある。そこでぼーっと何も考えずに、ただカレーを口に運ぶわけですよ。これが美味しいの。ただのカレーなんだけど、目の前のカレーと真剣に舌で向き合ってることで、ちゃんと「美味しい」と感じられるわけですわ。ただ手放しに味覚だけに集中できる環境の素晴らしさ。

好きなものを、"自由に"に食べる!

そう、自由こそが食事における最高の調味料だと気付いた瞬間だったね。

 

ま、1年目は職場でのコミュニケーション頑張ったほうが良いよと言ったものの、誰もがコミュ力あるわけではないし、頑張っている人も先輩との慣れない人付き合いに疲れるときはあるとは思うわけです。そんなとき、息抜きに「ひとり飯」をすると、凄いリフレッシュするから、試してみてほしい。

 

で、ここからが私の失敗なのだけど、それ以降「ひとり飯」にハマって、ふらっと昼飯にひとりで行くことがどんどん増えていった。陸の孤島みたいなところに会社があるから、社食が多かったのだけれど、調子に乗って外で食べることも増えていった。

「1年目は先輩とのコミュニケーションが大事」。誰しもが考えたらわかる事実を蹴っ飛ばして、自由な味覚を求めたモンスター1年目が誕生してしまったわけだね。

ちなみに「野武士のグルメ」の主人公は、定年後のおじさん。

1年目の私、22歳。

先取り過ぎだよ・・・。でも、最高なんだ、ひとり飯。

1年目の皆さんへ

記事のタイトルが【新社会人へ】ってことなので、最後に言いたかったことをまとめておくぞ。

◇昼食の時間を利用して、先輩とコミュニケーション!仕事のチャンスが増えるぞ★

◇それでも、疲れちゃうときはあるよね★そんな時は、ひとり飯だよ!

◇就業中にひとり飯を繰り返す1年目には、あまりならないほうが良いぞ!先輩との距離が広がっちゃうからね!

 

というわけで、お題「ひとり飯」でした。

Netflix6カ月分が当たったら、「野武士のグルメ」の感想を書きましょ。

 

Sponsored by Netflix

 

【NICO Touches the Walls】TOUR 2017 ”Fighting NICO” 4/1東京公演 @ NHKホール 感想

1年ぶりにNICOのライブに行ってきた。

前回は「勇気も愛もないなんて」のツアーに広島(4/3 @BLUE LIVE 広島 )まで遠征して参加したので、本当にまるまる1年ぶりである。

www.livefans.jp

 

で、今回参加したのはツアー"Fighting NICO"の東京公演1日目@NHKホール

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3階の左寄りの席だったので結構遠め。去年BLUE LIVE 広島で参加したときには、メンバーが目の前にいたのに。やっぱりホールよりもライブハウスのほうが好きだなぁ、と感じつつも、やっぱり参加し終えたら大満足なんだよねホールでも。

 

音楽には詳しくない上に、セトリちゃんと覚えきれてないからメモ的になってしまうが、感想を書いていくぞ。

 

www.livefans.jp

↑まだ更新されていないけれど、いずれセトリが記載されるでしょうから、こちらご確認ください。

記憶を探り探りのセトリ

一応、記憶をたどってセトリを書いてみたぞ。正解かどうかはわからん。

 

1.新曲

2.チェインリアクション

3.そのTAXI,160km/h

4.バイシクル

5.手をたたけ

6.Diver

7.夢一号

8.GUERNICA

9.Aurora

10.TOKYO Dreamer

11.April

12.天地ガエシ

13.MOROHA IROHA

14.妄想隊員A

15.渦と渦

16.新曲

 

アンコール

17.THE BUNGY
18.ストラト
19.マシ・マシ

 

18時開演、20時20分ぐらいに終演だった。MCは短めだったかなあ。

 

5人目、参戦。

私が知らぬ間にメンバーが増えたのかと思ったら、浅野尚志さんがゲストとして参加されていた。

 twitter更新されていますね、画像見ると分かる通り、キーボード?とバイオリン?と思われる弦楽器とギターを弾いてました。

※キーボードがいろんな音出せるのは分かるんだけど、バイオリン?と思われる弦楽器は、明らかに私が知っているバイオリンの音色とは違っていました。僕の耳がおかしいのかしら?

 

彼の参戦により、かなりライブの様子がいつもと違っていたと思います。キーボードとバイオリンの貢献がすごい。

印象に残った曲は・・・

 

5.手をたたけ

イントロがピアノ

 

9.Aurora

キーボードとボーカルのみだった。ライブで聴くのは初めて、好きな曲だったからうれしかったなあ。シンプルさが映える曲。

 

12.天地ガエシ

バイオリンの音色でよりカントリー風に。ディズニーランドのウエスタンランドの曲のバイオリンを思い出してほしい。あんな感じだった。


エリアミュージック:ウエスタンランド

 

17.THE BUNGY

古村くんと浅野さんがソロ対決してた。かなり尺とってて大盛り上がりでした。

 

4月を意識した構成

アンコールのMCで新生活への応援を光村くんがしてくれて、その後にストラトマシ・マシと続く流れは完璧なストーリーが出来上がっててこみあげてくるものがあったぞ。

「正解はもう辞書になくたって戦うだけなのさ」

「あとはきみしだいです 全部きみしだい」

ツアー名も"Fighting NICO"だし、〆に相応しい曲だった。

 

「April」もまさしく4月ということで、1年ぶりにライブでまた聴けて気分は「ただいま」である。

新曲が2曲も!

知らない曲から始まって困惑してたのだけど、最後のMCで新曲だということが判明。あぁ、新曲だったのか、と胸を撫でおろした。

ステージの上にサイレンを発生させる装置(!?)があって、光村くんが回すと「うぅ~~」って鳴るわけですよ。そんな中演奏が始まった一曲目のカッコよさ。

最後に披露した曲も慣れてきたらみんな手拍子の回数合わせてくるんだろうなあというノリのいい感じの曲でした。ちゃんと光村くんが拍数を指で教えてくれてたね。

その他小ネタ

◇「妄想隊員A」がタオルぶん回し曲になってた。

いつの間に?

ライブでグッズは買わない派なんだけど、タオル回し曲があるバンドのライブの場合はいつも購入するようにしている。次回から買うか。

 

◇「ニワカ雨ニモ負ケズ」がない!?

私が参加したNICOのライブでは総じて演奏していたが、今日が初めての「ニワカ雨ニモ負ケズ」を演奏しない公演だった。

ラスサビの前の光村くんのコメントが毎回の楽しみだったから、少々残念。

 

◇「MOROHA IROHA」のポテンシャル

マシ・マシのカップリングだったので、演奏するだろうなとは思っていたけれど、CD音源で聴くよりもずっとイケててビックリした。個人的には「豹変」と言っても良いぐらい。ちゃんとCD音源を聴き込んでいたらまた違う感想が持てたかもしれない。

ここでもサイレン発生装置が活躍。祥太郎さんのドラムが輝いていた。

 

GUERNICA、流石の長さ

これもライブで初めて聞いたけど、それぞれのソロパートがあって、楽器で完璧に魅せられた。間奏が"間"と称すにはもったいないほど主役級。

 

以上、感想というかメモ程度だけど、終わり。

今回はストラトマシ・マシのストーリー性とカントリー要素強化された天地ガエシが2強でした。次は、遠征して踊り狂えるライブハウスに行こうっと。

 

 

【小説:君の膵臓をたべたい】ヒロイン死亡映画は「その後」を描きがち(感想:ネタバレあり)

君の膵臓をたべたい」が映画化することをつい最近知った。

というわけで、実写化される映画についての思いと、小説の感想を書きたいと思う。

kimisui.jp

 

君の膵臓をたべたい」は売れ始めてから結構経ったときに読んだのだけれど、これは上手いなぁと感心した小説だった。

 

事実、売れているし、評価も高い。以下ウィキの引用。

本屋大賞」2016第2位、「ダ・ヴィンチBOOK OF THE YEAR 」2位、「2015年 年間ベストセラー」6位(文芸書・トーハン調べ)、「読書メーター読みたい本ランキング」1位、「埼玉県の高校図書館司書が選んだイチオシ本2015」1位、「2016年年間ベストセラー」総合5位、文芸書1位(トーハン調べ[5])、「2016年 年間ベストセラー」総合4位、単行本フィクション1位(日販調べ[6])と高く評価された[1][7][8][9]。2017年3月時点で累計発行部数は75万部[10][11]

 

何が良かったのかをネタバレ込で書きたいのだけれど、その前に劇場版の内容が気になってしょうがなかったので、そちらについてまずは言及しておきたい。

タイトルにも書いたが、「ヒロインが死亡する小説を実写化すると、その後が描かれがち」という点についてだ。

 

あの名作も、原作にはない未来を描いていた。

まずは予告編を見てほしい。


「君の膵臓をたべたい」予告

 

小栗旬が現れたとき、「なるほど」と一瞬で感じ取った。これは、

 

原作のその後が映画で描かれるやつだー!!!

 

そりゃ、【僕】は学生だぜ。小栗旬さんじゃさすがに演じられない。学生を違和感なく演じられるいい大人なんて、佐藤健ぐらいしかいないんじゃないだろうか。

 

決して、僕は映画化・映像化する際、必ずしも原作を忠実に再現しようとする必要があるとは思っていない。

しかし、ヒロインが死亡する小説における、その後を描いた実写映画化にとても既視感を覚えたので、記憶を遡ってみる。

 


Japan Movie 世界の中心で、愛をさけぶ 予告編

 

うん、たぶんこれだ。私が小学生の時に小説・映画を見て、原作と違う!とあたふたした初めての経験、『世界の中心で、愛をさけぶ』。

劇場版『セカチュー』では亜紀を失った後の、朔太郎と婚約者のエピソードが描かれている。確か、原作にはなかったエピソードだ。

ciatr.jp

 

ちなみに、『セカチュー』については、原作のその後のエピソードが追加されても、違和感なく見れた、記憶がある。原作をよく再現していて、そのうえで地続きなエピソードを描けたからだろう。

君の膵臓をたべたい』にも期待をせざるを得ない。脚本が『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』の吉田智子さんなので、楽しみ。

midoumairu.hatenablog.com

midoumairu.hatenablog.com

 ↑ 結構好きなんです。

 

まぁ、まだ公開されていない作品についてとやかく言うのはこれぐらいにしておいて。原作が好きなので、おそらく映画の方も見に行くだろう。

しかし、「君の膵臓をたべたい」は小説だからこその魅力的な表現も散在していて、それらをどのように映像化した際に再現するかが気になるところだ。

 

というわけで、原作の良さについて、ちょっとだけ書いていきたい。

以下、ネタバレ注意だ。

タイトルの圧勝(以下小説ネタバレ)

君の膵臓をたべたい」このタイトルに、魅力が集約されていると思う。

目を引くタイトル。多くの人は興味を持つだろう。

それでいて、物語の中核を担う一言だから、最高だ。

序盤、焼肉を食べるシーンで「身体の悪いところを食べると治るらしい」という冗談を桜良が言うが、作中至るところでこの手のネタが飛び交っているので、まぁこんなもんかと読み進めていたわけだが。

終盤の「垢を煎じて飲む」を膵臓に置き換えてお互いを認め合う流れは美しすぎた。よくまあ考えたものだ。

 

人の目を引くこともでき、桜良と【僕】の関係を表現している、商業的にも物語的にも破綻なく美しくはまった言葉こそが、「君の膵臓をたべたい」。この一言を活かす物語を描き切った時点で、作品が輝くことは約束されていたと思う。素晴らしい。

名前を認識しようとしない【僕】(小説ネタバレ)

映画HPの「Story」でも再現されているが、作中で主人公、【僕】の名は最後の最後まで、明かされない。

他者に名前を呼ばれても、【僕】がその人にとって、どう思われているかによって、その名前は変わるのだ。【クラスメイト】とか【???】とか。

調子のいいクラスメイトが話しかけてきたとき、「【】ぁ」と呼んでいたので、苗字の最後の文字は「A」で終わるのだろう、とか想像しながら読んでいるのが楽しかった。戯言シリーズいーちゃんの名前が気になるのと同じような心情だった。

 

まぁ、いーちゃんとは話が違って、名前を【僕】が認識しようとしない理由も、桜良ちゃんの遺言状に書かれているわけだが、主人公の人と向き合おうとしなかった姿勢を示す面白い表現方法としてとても面白い。最後名前を明かした時に、桜良と【僕】の名前が、近しかったのも、オチとして気持ちがいい。

 

前者はともかく、この【僕】の表現については、映画で再現するのはなかなか難しいだろう。潔く切るのか、活かすのか。楽しみで仕方がない。

遺言は、12年後に届く?

さて、映画の話に再度戻るのだけれど、「Story」には以下のように書かれている。

そして、ある事をきっかけに、
桜良が12年の時を超えて伝えたかった本当の想いを知る2人ー。

「本当の想い」というと、原作における桜良の遺言が頭をかすめるわけだけれど、原作のクライマックスを12年後に持っていくのか、それとも別の弾を用意するのかも、楽しみな点の一つだ。

桜良の遺言状が【僕】を再起させ、恭子との関係を生みだし、桜良と同じく人との関わりに意味を見出そうとさせたわけだから、12年後までお預けというのはなかなか【僕】にとって酷なストーリーになりそうだなあと思いつつ。

 

それでも、大人になった【僕】や恭子を描きたいのは、大切な人が亡くなっても、ちゃんと大人になって幸せになれているという「救い」が、我々視聴者の心を打つからなんだろうなあ。

 

楽しみだね。

 

【モアナと伝説の海】先輩プリンセスをいじる「ヒロイン映画」(感想:ほぼネタバレなし)

モアナと伝説の海を見てきた。

www.disney.co.jp

私はウォルトディズニーアニメーションスタジオ長編作品を「白雪姫」から「ズートピア」まで現在DVD入手が難しい「トード氏」以外はすべて見ている。一応ファンだ。

 

「モアナと伝説の海」は「アナと雪の女王」以来の、人間の女性が主役の所謂「ディズニープリンセス※」作品なので、楽しみにしていた。が、結果としてどちらかというと冒険にワクワクするような、方向性としては「トレジャープラネット」や「アトランティス」に近しいアドベンチャームービーだったので、良い意味で予想を裏切られた。

 「ディズニープリンセス」の王道を崩していくスタイルが非常に気に入ったので、そこに焦点を当てて感想を書きたい。

 

ディズニープリンセスの定義は色々あるみたいだけれど、以下のまとめ記事に挙げられたヒロインたちをプリンセスと認識して僕は記事を書いている。

matome.naver.jp

なお、現在の日本版のディズニープリンセス公式ページには、白雪姫、シンデレラ、オーロラ姫、アリエル、ベル、ジャスミンラプンツェルが名を連ねている。商業的に大成功しているアナとエルサがいないのが意外。

王子様と正当なラブストーリーを展開し、結婚するオチになる女性というのが共通点、かな。それだと「プリンセスと魔法のキス」のティアナがカウントされていないのがちょっと不可解だけど、知名度の問題かしら。

www.disney.co.jp

そう考えると・・・モアナが「ディズニープリンセス」に当たるかどうかは・・・うーむ。今後の展開に期待。

プリンセスというより、ヒロイン(ややネタバレ)

本作の監督はジョン・マスカー氏とロン・クレメンツ氏。彼らのコンビで作られたディズニー映画は多く、ディズニープリンセスものだと「リトルマーメイド」、「アラジン」、「プリンセスと魔法のキス」。ググって初めて知ったのだけれど、「トレジャープラネット」も彼らのコンビが監督を務めている(大好きな映画だ)。

名作プリンセス映画を作ってきた彼らが、モアナという新ヒロインを通じて描きたかったものとは・・・?と期待するじゃないですか。

いやはや残念、モアナは従来のディズニープリンセスとは一線を画している。

彼女は「プリンセス」というよりも、「ヒロイン」だ。世界を救う冒険者であり、主人公。勇敢に自分の夢や使命を胸に抱き、大海原に繰り出す強き女性。王子様はいない。いるのは強靭な肉体の相棒。

そう、前述したが、映画としての方向性は「アラジン」や「リトルマーメード」よりも「トレジャープラネット」に近い。

それもそのはず。各種マスコミで報道されているから知っている人が多いと思うけど、彼らは「マウイ」という神から着想を得て、この映画の製作に乗り出した。

お調子者でかつてのヒーロー、自信過剰。ガタイが良くて、戦闘シーンが映える映える。そんなマウイとモアナにロマンスが生まれると思うか?皆、思っているか?

ネタバレしてしまうと、ロマンスは生まれない。彼らに生まれるのは恋とか男女としての愛ではなく、冒険を通じて築かれる絆である。そういう映画として割り切ってみると良い。まぁこのトレーラーを見て、ロマンス期待している人はいないだろう。


映画『モアナと伝説の海』日本版予告編

これこそ本当の「美女と野獣」だ。美女・・・ではあるが、まあ表現としては「おてんば娘と野獣」ぐらいが無難だろう。そんな感じの映画だ。

モアナとマウイの掛け合い、戦闘描写を楽しむアドベンチャー(ネタバレなし)

ではこの映画の魅力は?どちらかというと、男の子的な視点で楽しめる良さが多かった気がする。

1.モアナVSマウイ コメディ的な駆け引き

女性が主人公、リトルマーメイドとアラジンの監督・・・視聴者が期待するのは、ディズニープリンセスの王道だ。その期待を逆手に取った、面白い駆け引きがちりばめられている。

細かい内容はネタバレしてしまうと楽しみを奪ってしまうのでやめておくが、「ディズニープリンセスなら~、でもお前は違って~」的ないじりがガンガン入ってくる。ファンであればニヤニヤしてしまうこと間違いなしだ。

個人的に好きなシーンは、マウイが「吐くぞ」と言ったところ。ディズニープリンセスが好きな人なら絶対わかるから、見てほしい。

 

なお、その他にも致命的に頭が悪い鳥「ヘイヘイ」、マウイの入れ墨の「ミニマウイ?」(正式名称はしらん)、感情を持っている海との掛け合いがあり、くすっと笑えるシーンがたくさんある。ここは流石ディズニー映画。

2.戦闘描写

冒険ものなので、戦闘描写がちりばめられている。大きく分けて3シーン。白兵戦×1、大ボス×2なのだが、どちらも力が入っていてガンガン動くもんだから楽しくてしょうがなかった。

なお、モアナもマウイも戦闘映えする特殊能力を持っているので、それがなお良い。

 

<モアナ>

身体能力がそこそこ高く、ちょこまか動き回るアクロバティックな動きが得意。

海を自在に操ることが出来る(正確には協力を仰ぐ、だが)

 

<マウイ>

巨大な体格から繰り出されるパワフルなアクション。

釣り針があれば、任意の動物に変身することが出来る。

 

2人の主人公の役割分担がなされていて、それぞれにこんな特殊能力がある・・・戦闘が面白くないわけない!

海の上を、海中を、自在に滑る様に動くモアナが!巨大な敵を相手に、ハエになって近づき、くじらになって攻撃をぶち込むマウイが!

バトル映画としてしっかりと役割を持てる、視覚的に最高な作品だった。

エンドロールも必見

ディズニー映画といったら、エンドロールの後のおまけ映像。こちらもディズニープリンセスを弄っている内容なので、楽しみにしててほしい。

なお、僕はぼーっとしてたので見逃してしまったが、エンドロールの後半に「シュガーラッシュ」のラルフが絵として出てきた気がするのだけど、もしかしたら他のディズニー作品のキャラクターも現れていたかもしれない。目を見張って最後まで楽しんでほしい(この作品に携わった人がどれだけ多いかよくわかる長さだった)。

 

 

【ひるね姫~知らないワタシの物語~】難易度の高いリアルを、ファンタジーで描く(感想:ネタバレなし)

ひるね姫~知らないワタシの物語~」を見てきた。

wwws.warnerbros.co.jp

 

公式サイトを見て、豪華キャストを見て、めちゃくちゃお金かかってるんだろうなあと思いながら劇場に足を運ぶ。

監督は神山健治さん。「東のエデン」が好きだったので、期待に胸を膨らませていたが、見終わった後の感想は「スゲー制作難易度高そうな映画だったろうなあ」だった。

近未来(東京五輪がある2020年だ)に生じるであろう難しいテーマを、見る人の裾野を広げるために「夢」というギミックを使いながら、誰もが分かりやすく楽しめるように噛み砕きながら描き切った。

これはネタバレなしで見ていただきたいので、どうにか内容に踏み込まないように感想を書いていきたい。難しいなあ。

現実と夢をリンクさせてバランスをとる

まずは、公式サイトのイントロダクションをご覧いただきたい。

wwws.warnerbros.co.jp

まさしくこれだなーと思える一文があるので、引用させていただく。

今より少し先の未来を舞台に、夢と現実をスリリングに行き来するロードムービーが誕生した。

この映画は主人公森川ココネが生きる現実と、彼女が見る夢が交互に展開されていて、現実と夢がリンクするようになっている。

上手いなあと思うのが、現実ではあくまでもリアリティのある2020年の問題を描き、夢の世界では派手なアクション・カメラワークを駆使して現実で起きている問題を分かりやすく童話風にアレンジしたストーリーを展開している。

徹底的に役割分担を行っているのだ。なぜこのような構成にしたか。こちらもまたイントロダクションからの引用なのだけれど、

本作は、「AI」「ネットワーク」「未来への願い」と、これまで神山監督が描いてきたさまざまなモチーフも重要な要素として盛り込まれている。その点で、本作は神山監督のキャリアの集大成でもあるのだ。

とある。

つまりは、神山監督がやりたいことが徹底的に詰め込まれた映画なんだと思う。激しいアクションシーンも、2020年のリアルな課題も、全て彼がやりたいことを実現したのが、「ひるね姫」なのだ。だから、彼のファンからしたらたまらない映画なんだと思う。

 

まぁこれは僕が勝手に作り手側の意図を邪推しただけの話だから、余談だ。視聴者側からして、この「現実」と「夢」のギミックはどう作用したかも言及しておきたい。

バランスをとる、と見出しに書いたが、まさしくその通りで、適切なタイミングで夢と現実が入れ分かることで、ダレることを防いでいる。いつも新しい刺激が与えられているようなイメージだ。

一方で、「早く現実の続きが見たいのに、また夢!」「場面がころころしすぎて」みたいな意見はあるかもしれないが、まぁそこは見る人によるのかもしれない。

 

あとは見る人の裾野を広げたというのもあると思う。「夢」のおとぎ話のおかげで、大人だけが楽しめる作品ではなくて、子どもも楽しめる作品になっているのではないだろうか。ジョイという可愛らしいキャラクター、巨大な鬼とロボットの戦闘、それがあるだけで子ども達は楽しめるだろうし、それだけでは退屈してしまう大人たちにとっても、仮に現実部分のパートだけを拾ったとしても楽しめるようになっている。

トレーラーではあまり言及されていなかったが、この映画では家族愛が前面に押し出されている。そういう映画を、親子二世代で見に行けるようにしたのは、素晴らしい工夫なのではないだろうか(僕の隣に座っていた人が、家族連れのお父さんだった)。

キャストは正解だと思う。

アニメーション作品に、声優さんを起用せずに、俳優さんやタレントさんに声を当ててもらうことに対する意見は賛否両論だ。

ひるね姫」は有名な俳優が名を連ねる「豪華キャスト」でお送りしており、本業の声優よりも俳優の方が多いぐらいだ。

僕は、この映画に限っては、このキャストで正解だと思った。どのキャストをとっても、違和感はあまりなかった。

特に、主人公森川ココネを演じた高畑充希さんが最高。方言可愛いし、抜けた感じの声が可愛い。何をとっても可愛い。

ちなみに、主題歌の「デイ・ドリーム・ビリーバー」を歌ったのも、彼女。歌上手いんだねー。ナイスカバー


映画『ひるね姫 ~知らないワタシの物語~』主題歌予告(デイ・ドリーム・ビリーバー)【HD】2017年3月18日公開

ロードムービーらしい、ちゃんとした街並み

ネタバレになるからあまり書かないが、主人公森川ココネちゃんの地元、岡山県倉敷市から現実世界の舞台は動いていく。街並みの描写がしっかりしていて(実在する企業の看板も容赦なく描いている)、ここが聖地!と明確にわかるようになっているのが、オタク心をくすぐる。

なお、公式で聖地のスタンプラリーを実施しているらしく、こんなものを劇場でもらった。

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倉敷市でスタンプラリーをすると、オリジナルグッズがもらえるらしい!

ぜひチャレンジしてみては?

 

 

 

【ラ・ラ・ランド】エンディングのビタースイートこそがLA・LA・LAND(感想:ネタバレだらけ)

今更ながらLA・LA・LANDを見てきた。最高だった。
(「ラ・ラ・ランド」よりも「LA・LA・LAND」の表記がしっくりくるよね)

gaga.ne.jp

もう見ている人が多いと思うので、ネタバレ前提で感想を書いていきたい。

この映画はミュージカル映画なのだけれど、音楽が良かったのは当然として、僕が特に気に入ったのはそのストーリーだった。

予想を裏切るエンディング(ネタバレあり)

まずは、公式サイトの「STORY」を見てほしい。

引用させていただくと、こんな感じだ。

夢を叶えたい人々が集まる街、ロサンゼルス。映画スタジオのカフェで働くミアは女優を目指していたが、何度オーディションを受けても落ちてばかり。ある日、ミアは場末の店で、あるピアニストの演奏に魅せられる。彼の名はセブ(セバスチャン)、いつか自分の店を持ち、大好きなジャズを思う存分演奏したいと願っていた。やがて二人は恋におち、互いの夢を応援し合う。しかし、セブが店の資金作りのために入ったバンドが成功したことから、二人の心はすれ違いはじめる……。

 僕はあらすじを見てからこの映画を見たのだけれど、トレーラーの雰囲気から察するに、「ハッピーエンド」の作品だと予想していた。
 このあらすじから浮かんでくる最高のハッピーエンドといったら、「ミアもセブも夢を叶え、2人で幸せに暮らしました」だろう。

 現代のおとぎ話的ミュージカルを想像する。僕もそうだった。

 

 だが、実際は違った。100%間違えているわけではないが、50%は間違えている。

 最高のハッピーエンドではないが、絶妙にハッピーエンドなのだ。

 その甘美な夢の中にほろ苦さがある、ビタースイートな感じがたまらない。

 

 終盤までのあらすじを追うと以下のような感じだ。

 

 女優を目指すミア、自分のジャズバーを持つことを夢見るセブ
 出会いは最悪だが、映画館を見に行ったことをきっかけに恋に落ちる。
 セブは金のために自分の夢をゆがめた形で「ウケる」バンドに所属。彼は現実を生きようとし、ミアはそれでも夢を追う。

 そんな中、ある晩の喧嘩で2人は疎遠に。

 ミアも女優を目指して1人舞台に挑戦したが、(彼女の心象として)失敗。彼女も夢をあきらめてしまう。だが、その舞台を見ていたお偉いさんからセブのケータイに電話がかかってきて、彼女にチャンスが巡ってくる。
 夢を諦めかけていたミアを夢の舞台に引き戻したのは、セブだった。

 

 まぁ、ここまではわかる。夢を追うストーリーにおける王道の挫折と再生を描いているし、恋愛の王道における出会い、すれ違い、再生を描いている。

 

 だが、ここからが面白い。予想を裏切っていく。
 彼らはお互いの夢を追って一度別れることする。愛しているという言葉とともに。
 そして、5年後。ミアもセブも夢を叶えるが、ミアはすでに結婚をしていた。

 セブが自分で開いたバーにミアとその夫が訪れ、お互いが頷き合うシーンでエンド。

 なんだよ、2人は結ばれないのか!!!
 これはハッピーエンドなのか?
 文字面だけみたら、ハッピーエンドではなさそうだが、2人は間違いなく幸せそうなのだ。
 それが、この映画の魅力である。 

最高の「もしも」が手に入らない絶妙なビターさ。最高のエピローグ。

 ミアもセブも、すべてを手に入れようとしなかった。

 中途半端を良しとせず、夢を追うために愛する人と別れることを決めた。

 その結果、彼らは自分の夢を叶えた。

 しかし、5年後、お互いに夢を叶えた後、再会してしまったときに思うことは。

 自分の選択が間違えだとは思っていない。夢を叶えられた。愛する人も夢を叶えた。
 だけど、「もしも」こんな形で夢を叶えられたら。

 彼らはその最高の「もしも」を想像する。夢をお互いが叶え、それでいて2人が結婚していた未来を。

 このシーンがたまらない。これまでのストーリーにおいて、彼らが最良の判断をしたときの「もしも」を描いた7:40秒(サントラの「Epilogue」の再生時間が7:40だったから、たぶんそれぐらい尺があるのだと思う)をエピローグとして描き、最後にミアとセブが頷きあって、「LA・LA・LAND」はエンディングを迎えるのだ。

 このエピローグが秀逸。今までのシーンを別の角度からおさらいしながら、ミアとセブの出会いから別れまでを描き、かつ音楽は劇中曲のメドレーのようになっていて、グランドフィナーレにふさわしい。

このシーンのためだけに、もう一度見てもいいぐらい良かった。


『ラ・ラ・ランド』本予告

 予告編のピアノを弾いた直後のキスも、「最高のもしも」のシーンだ。予告編を見てから映画を見に来たので、最初セブが邪険にミアを押しのけて店から去っていったとき、びっくりした。

夢幻なミュージカルではなく、楽しい現実を見せてくれるミュージカル。

最高のハッピーエンドではないが、ほろ苦い余韻のあるハッピーエンド。我々が背伸びしてギリギリ届くような幸せが、しっかり描けていると思う。こんなの映画の中だけじゃん、とはならない。ある程度納得のいく形で、エンディングを迎えるのがLA・LA・LANDの良さだと思う。

特にセブがまだ(おそらく)独り身で、ミアはセブの前に交際していた金を持ってそうな男とよりを戻して結婚しているのが妙にリアルで泣きそうになった。男は夢を見続けるんだなあ。

ちなみに、サントラに付属されている冊子に書いてあったのだけれど、本作の監督デミアン・チャゼル氏は夢の実現のために一度離婚しているとのことだ。

同じく彼の作品である「セッション」はドラマーの話だが、デミアン・チャゼル氏はジャズ・ドラムに打ち込んでいた時期があったらしい。

どちらも名作だと思うが、彼の作品のリアリティは彼が歩んできた人生が投影されているものだと知ると、名作で然るべき名作という感じで面白い。作品の裏に人の歴史ありだね。