定時後に映画館

仕事の片手間に映画の話をします。

【未来のミライ】ホームビデオ感(感想:ネタバレあり)


mirai-no-mirai.jp

 

見てきた。

細田守監督作品は「時をかける少女」から「バケモノの子」まで見ていて、「サマーウォーズ」までは好きだったけれど、以降は「やりたいことは分かるけど・・・分かるけど!」といった印象。

 

で、満を持して「未来のミライ」を視聴してきたわけだが、これがとてもよかった。

スタジオ地図作品の中では、一番シンプルで、物語が分かりやすい。

時かけ」や「サマーウォーズ」のようなSFではないし、「バケモノの子」や「おおかみこども」のようなファンタジー的な特殊な設定もない。

 

端的に言ってしまうと、家族の日常を切り取り、主人公のくんちゃんが少しずつ成長していく話なのだが、その成長のファクターとして、くんちゃんと「未来のミライちゃん」をはじめとしたさまざまなキャラクターとの関わりが描かれている。

 

僕が劇場で見た予告映像から勝手に想像していた物語とは大幅にずれていたわけだ。


「未来のミライ」予告

 

「くんちゃんが生きる世界(現代)」⇒「未来のミライちゃんとくんちゃんが時間・空間を超えた大冒険に出る」⇒「くんちゃんが成長して元の世界に戻ってくる」

ってシナリオなんだろなーと勝手に想像していたのだけれど、ハズレ。

 

むしろこの物語の主軸はくんちゃんが生きている現代にあって、

「現代」⇒「くんちゃんの空想?の世界(=未来のミライちゃんや、子どもの頃のお母さん、などなど)」⇒「現代」を繰り返していく構図。

したがって、少々メリハリのない印象を持ってしまい、多少退屈してしまう一面もあったのだが、そこら辺はアニメーションならではのキャラクターの豊かな表情だとか、コメディ要素だとか、絵の美しさ(未来の東京駅のシーンの描写は度肝を抜かれた)とかで、補えていたと思う。

 

しっかり起承転結で構成されている物語っていうよりも、家族の関係をリアルに丁寧に描写したシーンが連続しているホームビデオのような印象。結婚式で流れる新郎新婦の生い立ち映像を見ているような温かな感動を覚えた。

 

以下ネタバレ込みで細かいツボポイントを書いていくぞ。

演出力

あまり詳しいわけじゃないので、ざくっとしたことしか言えないけれど、人の感情を表情や動きで描写したり、時間の経過や小さい子どもがいる家庭における家事の慌ただしさをカメラワークで表現するのが抜群に上手い。

 

起承転結的な構成をしていないと前述したけれど、なのに面白い、魅力的な作品に仕上がっているのは、この演出の力にあると思う。

 

くんちゃんの家族が住んでいる家はざっくりこんな感じなのだけれど、各階の様子を横から映したカメラをせわしなく動かして、忙しさ、慌ただしさを表現しているところがあって、とても好き。

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庭が過去や未来に繋がっている

くんちゃんが庭に行くと、空想モードがスタートする。

 

くんちゃんは作中、時を超えて色んな場所に冒険に行くわけだが、「これおかしくね?」という風にならないのは、起点が庭にあることに終始しており、「まぁ小さい男の子の想像の世界なんだな」となんとなく合点がいくから。

 

飼い犬が擬人化されたり、未来のミライちゃんが現れたり、子どもの頃のお母さんの家に遊びに行ったり、青年時代のひいおじいさんとバイクに乗ったり、未来の自分自身に出逢ったり。

とにかく、くんちゃんは時空を超えて自らの家族との出会いを重ね、その結果少しだけ成長して元の世界(空想ではない現実)に帰ってくる。

 

分かりやすいところで言うと、例えば自転車に乗れなかったくんちゃんが、空想の世界でひいじいさんとバイクに乗った後、現実世界で自転車に乗れるようになっている、とか。そういう親から見て子どもがちょっと成長したな、と思えるような小さなエピソードの背景を、庭の空想世界が補っているような形だ。あくまでも現実世界で起こっている出来事は、「こんなことないでしょ」と違和感を持つようなものではなく、ちゃんとリアリティあるものに終始しているのがポイント高い。

 

この作品のテーマは分かりやすくて、家族の絆、とか家族のつながり、とかそういったものだ。それを未来と過去の家族に出逢うエピソードを重ねることで表現したのがこの映画。

物語のクライマックスはくんちゃんが未来の東京駅で迷子になってしまい、未来のミライちゃんが助けに来た後「家族の記憶」がアーカイブされた空間を二人で眺める場面なのだけれど、その時のミライちゃんのセリフが、細田守監督が描きたかったテーマそのものだ。

言葉にしなくても視聴者なら大体わかるのに、とは思ったけれど、言いたいことをすべて説明してしまうのが近年の映画の傾向だからしょうがないかな。

 

(おまけ)声優について

名だたる有名俳優が本作の声をあてているが、違和感は全くなかったので、そちらについてはご安心を。

 

まとめ

時かけサマーウォーズには及ばないものの、物語に矛盾や違和感を生じさせない(まぁそもそも今作は起承転結から外れたのっぺりした物語だったという前提はあるが)とう意味では、スタジオ地図作品の中では3番目に好きな作品でした。

もう一度、まったりと家で見たい。

 

2018年上半期の星座占いの答え合わせをする

 

midoumairu.hatenablog.com

 

こんな記事を過去に書いた。

上半期ももうすぐ終わりそうなので、占いの結果が正しかったか振り返ろうと思う。

流石に10個振り返るのは辛いので、全開検索したときに上位に来た5個だけにする。

ちなみに、私は山羊座

①2018年上半期マダム・モニカの12星座占い

山羊座(やぎ座)の運勢:2018年上半期全体の運勢 | Precious.jp(プレシャス)

以下、抜粋引用

2018年上半期は、そんな緊張感が緩み、自由度が上がります。エネルギーの使い方を自分で決められますし、同じことをやるのでも、もう少しラフに取り組めるようになるでしょう。没頭していたときにはもてなかった広い視野で、今のあなたの立ち位置を確認したとき、意識は外へ外へと向かいます。

このとき、あなたの足を引っ張るのは、ほかでもないあなた自身の思い込みです。「自分はこういう人間だ」という決めつけこそが、もっともあなたの可能性を狭めます。そのことに気づけば、2018年上半期はさらなる飛躍が望める、幸運期となるはずです。

 【答え合わせ】

◆自由度は上がった。

◆思い込みを無くし色々やったら、まぁそこそこ可能性は広がった。

【結果】

占いは当たった。

 

②脇田尚揮さんの占い

山羊座の運気を上げてくれるファッション【2018年上半期 恋愛・仕事・マネー運】 | DRESS [ドレス]

以下、抜粋引用

 2018年上半期のあなたの恋愛運は、「吉凶混合」。

 2018年上半期はあなたにとって、絶好調のビジネスタイミング! 
2018年上半期のあなたの健康運は、やや波がありそう。

まずは、「自分から与えてみる」姿勢を意識してみましょう。その恵みは意外と大きいですよ。

 【答え合わせ】

◆交際相手と破局した。ある意味吉凶混合。

◆ビジネスはすごい捗ったが、

◆あまりに業務が激しく健康の波は結構あった

◆与えた恵みはまだ受け取れてない

【結果】

占いはあたった。

 

③ムーン・リーの12星座占い

以下、引用

ストイックな星回り。動きたいのに動けない状況に見舞われます。苦手意識を克服し、人に役立つ知識の習得に励むと吉。貯蓄も開運に。1月は金運が好調。ずっと欲しかった物も手に入りそう。対人面は上半期中シビアな発言で敵を作りがち。また、4月は自分のペースを崩さないと乗り越えられない問題が出てくるかも。身近な人たちには温かい気持ちで接して。5月はメンタル力がUP。粘り強さで勝利を得られます。

 【答え合わせ】

◆ストイック

◆動きたくないのに、動き回ざるを得なかった。

◆4月はペースを崩して乗り越えた問題があった

◆5月は4月の結果を乗り越えてメンタル力がUP

【結果】

占いは当たった。

 

④Cyclizm-サイクリズム-占い

12星座占い - 2018年上半期の運勢

以下、抜粋引用

恋愛運は絶好調となりそうです。

非日常的なことにお金を使うことが多くなる金運となりそうです。

仕事に対して大変だと感じることが多くなるような仕事運となりそうです。

健康運はあなたの心がけ次第で良くも悪くもなりそうです。

 【答え合わせ】

 ◆別にモテなかった。

◆結婚式に結構いったので、非日常な出費は多かった

◆仕事は大変過ぎた

◆前日が忙しくない時は、健康状態は良かった(睡眠大事)。

【結果】

占いは当たった。

 

⑤夕貴さんの占い

2018年上半期の星占い【山羊座】 | Spilover

以下、抜粋引用 

1月前半、一世一代の大勝負といったムードが強い年明け。念願叶って何かを始める人もいそうです。

1月後半、チーム内に活気が出てきます。あなたの方もいよいよ始動の準備が整った様子。

2月前半、動き出した計画が難航してきそう。

2月後半、不安要素がハッキリしてきそう。

3月前半、一難去ってまた一難。

3月後半、問題解決に乗り出すことが出来そうです。

4月前半、不思議なご縁により、懐かしい人との再会や交流の復活といった流れが強いとき。

4月後半、努力してきた成果が表れ、だいぶ状況が改善されてきているかもしれません。

5月前半、夢の実現に向かって力強くアクセルを踏むとき。

5月後半、トライ&エラーを繰り返しつつ、プロジェクトを軌道に乗せていくでしょう。

6月前半、仕事に打ち込むことになりそうです。

6月後半、ここからあなた自身の手で「本当の自由」を切り開いていくことになります。

 【答え合わせ】

◆2月~6月前半までの流れはおおよそあっている

◆6月後半、本当の自由はまだ得ていない。

【結果】

占いは当たった。

 

おまけ: 私の雑な総括の答え合わせ

2018年上半期、やぎ座は・・・

 

モテる → 結果、モテなかった

 

破局からのリカバリーが訊いてない。

 

仕事でものすごいことを達成する。 →結果、それなりに。

 

鬼のような仕事量とアウトプット

 

結果、自由に → 結果、不自由に。

 

仕事が仕事を呼ぶぜ

 

すごいお金が手に入ったから → 結果、手取り変わらず。

 

サラリーマンだしね。

 

そのお金で分散投資 → 結果、ただ貯金

 

むしろ利確してそのまま放置。

 

増えたお金でシルクの下着 → 買うわけない。

 

勝負下着も使う機会がなければ、ね。

 

総括

占いは、(考え方次第で)、当たる。

 

 

 

 

十二大戦対十二大戦 (ちょっとネタバレあり、ざっくり感想)

 

十二大戦対十二大戦 (JUMP j BOOKS)

十二大戦対十二大戦 (JUMP j BOOKS)

 

ようやく続編?の方のこちらも読みました。十二戦士の登場人物は変わらずなのですが、今回は戦士同士の闘いではなく、十二戦士がチームを組み、新登場の「十二戦犯」と闘う十二対十二、計二十四人(双子座の戦犯は二人で一人なので、正確には二十五だけど)のバトルとなっている。

(本作は「子」の能力「ねずみさん」が導き出した一つの可能性の物語。十二戦士が殺しあわず協力して十二戦犯と闘うという立て付けの十二大戦を子の戦士が選んだという立て付け)

 

物語のボリュームとしては「十二大戦」とほぼ変わらないので、試合展開がものすごく早い。次々と戦士が、戦犯が死んでいく。十二大戦で活躍しきなかった戦士が活躍しており、十二大戦で活躍していた戦士が簡単に死んでいくので、十二大戦とは全く違った楽しみ方が出来る。

例えば、十二戦士の中でもダントツで厄介な圧倒的な戦闘力を持つ丑と死者を使役する兎の戦士は序盤真っ先に死亡するので、前作のような死体が動く泥仕合は展開されず、圧倒的なカリスマである丑の戦士も不在のまま絶望的な展開で試合が始まるのだ。

前作で優勝を果たした子の戦士も、すぐに死んでしまう。死に方はなかなか面白かったので、ぜひ読んでほしい。

 

ちなみに本作で活躍するのは、前作、割と早いタイミングで亡くなった「亥」「戌」「酉」の戦士。そして前作から割と優遇されている「申」の戦士。

特に前作キャラクターがあまり掘り下げられずに終わった「亥」「戌」は本作にて最後まで生き残る大出世を果たし、彼らのバックグラウンドや信念まで丁寧に描かれている。「酉」もそこそこ生き残るのだが、死亡に至るまでの経緯が十二大戦に似ていて、別の可能性の世界でも人間性は変わらない面白さが彼女にはあった。

「申」の戦士は戦争がテーマの十二大戦にて、「平和裏に殺す」をモットーとする平和主義者という時点で物語に深みを出させるため活用せざるを得ない優秀な素材であることは確かだ。使わない手はない。本作はある種彼女のお陰でその「戦争」というテーマの深堀が前作以上になされていたと思う。彼女の考えが、一言一言が、戦争と平和についての疑問の投げかけとなっている。

「綺麗事なめんなよ」

十二大戦屈指の名言は、本作においても一番の見せ場で発せらた。

 

ちなみに、本作のオチは「十二戦犯が、今回の十二大戦において何を願ったか」の解明にある。十二戦士には、前作同様「生き残った者の願いを叶える」と伝えられていたが、敵方である十二戦犯の勝利条件および勝利した際のメリットは最後まで分からない。それを申の戦士が探りながら平和的交渉に臨む場面があるのだが、そこら辺がクライマックスで、物語の終わりに十二戦犯が望んだ「願い」が明かされるという構成だ。

まさしく「十二大戦」にふさわしい願いだった。この「願い」が個人的にとても好きで、それゆえに僕は「十二大戦」より「十二大戦十二大戦」の方が好きだ。ただのバトル小説以上の意味合いを持っていると思う。

 

十二大戦で「ただのバトルロワイヤルじゃん」と思った人。ぜひ本作も読んでほしい、きっと別の感想を抱くから。

 

こちらもどうぞ。

midoumairu.hatenablog.com

 

 

 

【坂道のアポロン】律子が可愛い(ざっくりとした感想)

 

坂道のアポロン コミック 1-9巻 セット (フラワーコミックス)

坂道のアポロン コミック 1-9巻 セット (フラワーコミックス)

 

 実写映画化されるし、原作が9巻で完結するという魅力に駆られ、一気読みしてしまった。

 

青春をこじらせた素直になれない主人公(西見 薫)、がさつに見えて繊細な心を持ち合わせている闇を抱えた親友(川渕 千太郎)、そして親友の幼馴染でTHE 田舎の心豊かな女の子感が満載のヒロイン。

この布陣!彼らがわちゃわちゃしているだけである程度楽しめてしまうずるさがある。僕は結構少女漫画が好きで、キャラクターの心理描写とかよくわからない縺れた人間関係みたいのを永遠と見れられるのが個人的なツボなのだけれど、坂道のアポロンも例にもれずその手の作品であった。期待通りである。

 

何といっても、律子が可愛い。こんなに可愛い女の子が他にいるだろうか。この、素朴な・・・純粋な感じ!!!癖がない、嫌味でもないただの女の子。行動原理全てに共感が出来る。その魅力をしみじみとかみしめながら僕はこの作品を読み進めていた。

彼女の心の動きは至ってシンプルで、下手にドロドロしていないからとてもすっきりしている。納得のいかない動きもなく、物語を盛り上げるために下手なすれ違いを演じたりしない。単に幼馴染の千太郎が好きだったが、主人公の薫に好意を寄せられ、感情が揺さぶられながらも最後には薫を好きになる。この間両者を汚らしく天秤にかけるような真似はしないし、行ったり来たりもしない。その分かりやすさ、潔さが気持ちよく、可愛らしい。

 

なぜ、この名ヒロインが誕生したのか。

薫も千太郎も情緒不安定で女々しいので、律子というぶれの少ない存在がいなければ、作品が離散してしまうからだと私は妄想する。

坂道のアポロン」は三角関係の物語と思わせておいて、実は薫と千太郎の友情がほぼ物語の主軸で、彼らがすれ違いや喧嘩を繰り返しながらも友情を育んでいく物語と言ってしまっても良い。主役は薫と千太郎なのだ。

ゆえに、律子は彼らを乱すような行動を慎まなければならない。読者には彼らの友情に集中してもらいたいから、必要以上のエネルギーを割くようなヒロインであってはならない。彼らのすれ違いの原因でありながらも(三角関係でありながらも)、彼らをまとめあげるポジションを求められる(恋愛故の友情の崩壊を招くわけにはいかない)。

そのためには、純粋に、プラスでもマイナスでもない、物語に波風を絶たせない品行方正なキャラクターである必要がある。恋に積極的になりすぎず、皆でいるのが好きな、必要以上の味付けもされていない、いわゆる良い子。そんな女性が物語の中心に必要だったからこそ、律子という毒なき素朴なヒロインが誕生したのだ。

 

まぁヒロイン論はどうでもいいのだけれど、前述した通り、全体的に「坂道のアポロン」男性が読む分には「ちょっとこの男子たち女々し過ぎないか?」と思ってしまった。

こう・・・もっと男子はさばさばしているというか、ここまで友情の在り方や人間関係について深く思い悩むことはないような・・・。どちらかというと、女の子同士の友情のやり取りを見ているような気分で、それはそれで微笑ましいなという感じ。まぁ登場人物の心の揺れ動きや特に薫の繊細な感情は伝わってきたし感情移入が出来ないというわけではなかったので、「現実の男はこんなんじゃない!」という意見は野暮なのだが、どうも「これ考えすぎだろうぅ」って部分が引っかかってしまう。そんな作品でもあった。

 

しかしそんな違和感を正す役割を持っている人物がいる。こんなのおかしいよ!と伝えてくれる女性が。

そう、律子であr(この記事の冒頭に戻る

 

今回のオチ


「坂道のアポロン」予告編

ヒロインが最近気になっている小松菜奈さんでびっくりした。でも、律子のイメージとはちょっと違う、ちょっとだけ、ちょっとな。

 

映画は見ていないんだけど、やっぱり大人になってから過去を振り返る感じの描写は青春映画の王道で、「坂道のアポロン」は原作でも大人になった後のことを描いてるから映画化しやすかっただろうな。

midoumairu.hatenablog.com

 

どうでもいいリンクを貼り付けて以上とします。

 

 

小松菜奈に似ていると言われた男性の気持ち

今週のお題「あの人へラブレター」


鈴木瑛美子×亀田誠治「フロントメモリー」映画「恋雨」主題歌

 

劇場版「恋は雨上がりのように」の主題歌「フロントメモリー」がとても良いよって話を友達としていたら、唐突に「xxx(僕の名前)って小松菜奈に似てるよね」と言われた。

 

当然飲み会の場は何とも言えない雰囲気となる。似ていないからだ。先輩の男性がわざわざスマートフォンで彼女を検索したあげく「確かに目力とか・・・」と自信なさげに言って下さったが、パーツレベルの類似点をあげていただいても、それはフォローとして成立していない。

目力。その程度の類似点で似ていると判断してしまっては、僕だけにとどまらず参加者全員が彼女に似ているようなものだ。小松菜奈に似ている人が集会している夢のような飲み会になってしまう。

 

そもそも男性に対して「小松菜奈に似ている」ってなんだ。男女混合の飲み会などで「xxxに似てる~」とか「xxxって誰に似てるって言われたことある~?」みたいな話は鉄板ネタではあるが、まさか男に対して女性に似ているというアプローチで攻めてくるとは。それも、今をときめく可愛らしく若い女優さんだ。25の男性会社員が似ていると言われて良い存在ではない。

 

僕が小松菜奈に似ているというテーマで会話が盛り上がるはずもなく、一瞬にしてその会話は終わりをつげ、僕がフロントメモリーの魅力を語ることも許されなくなってしまったのだが、脳裏から「小松菜奈に似ている」が離れない。

 

悪い気はしない。いや、悪い気はしないだろう?

だって、可愛い女優さんだ。当然整った顔立ちをしていらっしゃる。どこが似ているのかわからないが、一瞬でも彼女らしさの片鱗を僕の顔から見出してくれた女性がいるということは名誉なことだ。

 

僕はある一つの仮説を立てた。

一回でも小松菜奈に似ていると言われたことは嘘ではない。Twitter界隈ではびこる嘘の類ではなく、間違いなく本当のことだ。これから先、数多くの飲み会を乗り越えていくであろう僕には、何度も何度も「誰かに似てるって言われない?」といった質問を受けるだろう。

その時僕は得意げに答えるのだ。

「一度小松菜奈に似ているって」

当然飲み会の場は白けるだろう。なぜなら似ていないからだ。あの日、僕が初めて小松菜奈に似ていると言われた日の再現が行われることになる。

 

しかし、何度も何度も「小松菜奈に似ている」と「誰かに一度でも言われたこと」を第三者に発信し続ければ、いずれ僕の周りを形成するコミュニティの中では「小松菜奈に似ていると言われた人=僕」という共通認識が生まれ、おそらくそれはいずれ「小松菜奈に僕は似ている」という共通認識に昇華されるのではないだろうか(大分飛躍した論理であることは認めざるを得ないが、それぐらいの狂気と夢を持っていたほうが人生は楽しい)。

そうなればこっちのものだ。「僕は小松菜奈に似ていると言われたことがある」と言っても、周りは「確かに!」と膝を打つことになるだろう。

それはすなわち、僕が小松菜奈に似ているということを指す。顔が小松菜奈寄りに変わるのだ。こんなにも喜ばしいことはない。

 

僕は今日から、小松菜奈に似ていると言われたことがある男である。

そして、それを恥ずかしげもなく堂々と言い切る男である。

そうすることで、僕が小松菜奈に似ている人間になれるか。

そんな壮大な社会実験の幕開けだ。月曜日が楽しみで仕方がない。

 

余談だが、その翌日、王様のブランチに「恋雨」の宣伝に大泉洋小松菜奈が出演していた。

「あの人へラブレター」

ラブレターなど書かないけれど、間違いなくファンになってしまった軽薄な自分がそこにはいた。

 

ソースではなく塩でたこ焼きを食べる甘美な背徳感

先日出張で大阪に行ってきた。

大阪に行くときは必ずたこ焼きを食べるようにしている。

むしろ大阪に行くときしかたこ焼きを買い食いすることはないので、大阪に行ったときぐらいはたこ焼きを楽しみたいという気持ちが強い。

 

私にとっては大阪でのたこ焼きは「半年に一度の贅沢」的なポジションである。安いしどこでも買えるのだけれど、あえて大阪のたこ焼きのみに照準を絞ることで、たこ焼きとの時間をプレシャスタイムへと昇華しているのだ。

 

14時頃に仕事を終え、新大阪駅でたこ焼きを探す。

せっかくだから新幹線が通る駅周りじゃなくて、ちゃんと探せよって思うかもしれないが、そういうわけにはいかない。仕事自体はなんば駅付近で終えたのだが、営業さんや先輩の目を気にせずたこ焼きを食べるために、「もう帰りますよ~」みたいな顔をして新大阪に向かうのだ。「これからたこ焼き屋探します」と言っては角が立つ。出張中に後腐れなくたこ焼きを食べるためには、新大阪駅が最適だ。

 

ググって導き出したたこ焼き屋さんが「たこ焼き道楽 わなか」という店だ。

takoyaki-wanaka.com

 

これから帰ろうとしている人にはあまり関係ないのだが、新大阪駅の新幹線改札外にあるので、アクセスはしやすい。持ち帰りだけでなく、店内でも食べられる。キャパは15人~20人ぐらいだろうか。僕が入店したときには、綺麗なお姉さんとキャリーバッグを持ったおばあさん、旅行中と思われるオラついた2名の男性がいた。

 

せっかくなので僕も店内で食べることにした。爽やかイケメンのお兄さんが店頭でたこ焼きを作っている。オーソドックスに450円8個入のたこ焼きをオーダーした。

 

「定番のソース、オススメの塩、・・・・(ちょっと覚えてない)から選べますが」

 店員さんが笑顔を浮かべて僕に問う。

(・・・オススメの塩!?)

僕は怯んだ。しかしせわしなく櫛を動かしたこ焼きをくるくるさせるという使命を負いつつも、オーダーの対応をしてくれているお兄さんに迷惑をかけることは出来ない。仕事中に回すことが出来なかった頭をフル回転させ、僕は結論を導き出した。

「では塩で」

その間、おそらく3秒程度。確実に美味しいであろうソースを選ぶか、食の探究者たる姿勢を保ちまだ見る味の世界を開拓するために塩を選ぶか。私は後者であった。失敗したら次に大阪に来るときにソースで食べればいい。それもまたご褒美だ。

 

会計を済ませると、お兄さんがぽんぽんとたこ焼きをくしでたこ焼き機から拾い上げ、器にたこ焼きが綺麗に収まった。塩は軽くさっと振りかけられた程度。その後、マヨネーズ、鰹節などお馴染みのトッピングが盛られていく。

 

しかし、いつもの香りがしない。ほんのりと甘いソースの匂いが。

塩たこ焼きからは辛うじて鰹節の香りがしていた。どうしても、足りない。

この時点で既に後悔は始まっていた。

(やはり、たこ焼きはソースであるべきでは)

しかしすでにトッピングを終え、器を受け取ってしまった以上、今更ソースに変更していただくわけにも行けない。なにより店のオススメは塩味なのだ。たこ焼きにソースを塗りたくることは、お兄さんの顔に泥を塗りたくるのと同義。

 

比較的入口に近いテーブル席に腰かけ、さっそくたこ焼きを櫛で広げていく。猫舌だから、中身を外気に晒さないと熱くて食べられないのだ。5分ほど経ってから、1個目のたこ焼きを口に運ぶ。

 

うむ、美味しい。「スイカ理論」が塩たこ焼きには応用されていた。

まずはほどほどの塩気。そしてすぐにたこ焼きの生地の味が口の中に広がる。意外にも、たこ焼きの生地自体が結構甘いのだ。塩で生地の味が際立っている。これこそスイカ理論、甘いものにしょっぱい塩をかけることで甘みが際立つというあれだ。もちろん生地やタコ自体の味だけでは素朴過ぎてなんだか物足りないのだが、それをマヨネーズや鰹節が補ってくれている。

 

ソースという強い味にかき消されていたたこ焼きの生地自体の味を、初めて塩たこ焼きで味わうことが出来た気がする。あっさりしているので、次々と食べれてしまう。食べる、食べる、食べる。しかし新しいたこ焼きを口に運ぶ度、僕はソースにまみれたいつも通りのたこ焼きを思い出していた。

ソースを思い出しながら、今目の前にいる塩たこ焼きを堪能する。いつまでも、「もしかしたらソースの方が良かったのでは」その疑念が消えてくれない。大阪にまで来たのに、オーソドックスな、誰がどういっても美味しいであろうソースたこ焼きを食べずに、たこ焼きの新しい楽しみに興じている。

なんだこの背徳感は。旨いものを目の前にしながら、定番を、食べなれたいつもの味を心のどこかで求めている。

 

浮気。

 

これは浮気だ。

人が浮気に溺れてしまう理由を今僕は知ってしまった。単に美味しいものを食べる以上の甘美な味。普段の美味しい食べ方を裏切り、新たな美味しさを開拓する、満足感と表裏一体の背徳感。それが知った味を裏切り、新たな食べ物に辿り着く理由だったのだ。

 

残念ながら男女関係に関する浮気は世の中的によろしくないとされており、私も浮気はしないようにしている。

しかし、食べ物ならば別だ。いくらでも楽しめる。

 

食の開拓者たちよ。浮気者であれ。

自らのお気に入りを持ちながらも、別の食べ方を、別のトッピングを、別の具を、別の調理法を、試し続けよ。

 

しかし、一番はソース味も塩味も食べることだと帰りの新幹線で僕は気付いた。

どっちもおいしいのだから。

食の開拓者達よ。ラブコメの主人公であれ。

 

【週刊少年ジャンプ】僕のヒーローアカデミアも下書き:人気作に限って、見せ場に限って下書き掲載する風潮

 今更ながら週刊少年ジャンプ2018年24号を読んだ。

先日こんな記事を公開したのだが、 

midoumairu.hatenablog.com

今度は、「僕のヒーローアカデミア」が下書き掲載をしているじゃないか(182話)

 

しょうがない。僕の持論は忙しい作家さんであるという前提はありながらも、週刊少年ジャンプにお金を払っている人がいる限り、下書き掲載は許されるべきではないというもの。所詮は一読者の意見でしかない。切り捨ててしまっても良いような小さな戯言でしかないと思う。でも、声を大にして言いたい。

 

にしても!!!先週のブラッククローバーの話をした翌週に、僕のヒーローアカデミアが下書き掲載なんて!!2週連続で人気作品の下書き掲載はないよ!!

 

だって、見せ場じゃん!!!

壊理ちゃんが笑う見せ場でしょ!?

週刊連載で1話1話で人気を獲得しないといけないって前提はあるけれど、その中でも今回の話は大切な1話だったじゃん!!!

 

それを、なぜ下書きに!!!下書きなら、休載して次にしてくれよ!!!感動を完璧な形で味わいたいんだよ!!!

 

頼むから原稿は完璧にして出してくれ。。。

漫画ファンの願いだ・・・