定時後に映画館

仕事の片手間に映画の話をします。

「映画が趣味です」と言うとロクなことがない。

社交界では「あなたの趣味は何ですか?」「私の趣味は〇〇です」という やり取りが日々行われている。初めましての場合はおおよそこの話になるし、趣味が際立っていれば以降の人間関係が円滑に築かれていく。

 

私は「定時後に映画館」というブログで暇なときに文章を書いているだけあって、趣味は映画である。なので、素直に趣味を訊かれたら「映画ですよ」と答える様にしてきた。社会人になってからそういった機会がぐんと増え、3年間「映画が趣味」を自称してきたのだ。

 

しかし、映画が趣味と答えると、ロクなことがないということに、社会人4年目にしてようやく気付いた。

そもそも私は他のモノに比べて比較的映画が好きなだけであり、映画に詳しいわけではないのである。また映画がなければ息が出来ない、なんてロマンチックな生き方はしていない。

それなのに、「映画が趣味」というと、オーディエンスは必要以上に私の映画への愛や知識量に対して期待してくるのだ。

 

いや、そんなにハードル上げられても。私はただちょっと好きなだけなんですよ?いや、何勝手にがっかりしてるんですか。

 

そんな思いを何度もしてきた。

 

なぜ、映画が趣味というと、必要以上にハードルが上がるのか。

簡単に言うと、誰でも見るからである。ネットフリックスやアマゾンプライムなどの配信サービスの普及により、誰でも簡単に映画を見れるようになった。

映画が別に趣味じゃないですよ、という人も普通に映画を見ているのである。では、映画が趣味の人はどうだろうか?当然、普通の人よりも映画を多く見ていたり、詳しかったり、愛が深かったりする必要があるだろう。

 

趣味として認められるのは、「自分がその対象に対して込めている思いや時間が、平均値より上回っている場合」のみであり、平均値程度の「好き」では認められない。

そもそもそんなに好きではないならば、第三者に熱い想いを語る自信がないならば、「映画が趣味です♡」なんて言わないほうが良いのだ。

 

 

それでも映画以外の趣味が特にない私は、「映画が趣味です」と言い続けてきた。しかし、一般人が設けるハードルは高い。それを乗り越えられないとどのような目に合うのか。

 

例えば「オススメの映画は?」と聞かれ瞬時に応えられず場がしらけたり。

midoumairu.hatenablog.com

 例えば、対策して好きな映画を用意したけれど、相手が知らなかったり。

※アーティストやライフを知っている人はともかく、スティングを知っているという人を見たことがない。一番好きな映画なのに。「君の名は。」とか言っておけばよかったのだろうか。

 

一番厄介なのは、結構な頻度で現れる「映画ガチ勢」「コンテンツ考察ガチ勢」に遭遇した場合、圧倒的な知識量によりにわかの私がマウントを取られ、もはやその場において映画が趣味の人はその「ガチ勢」となり、私はただの「ガチ勢」と「一般人」の知識量の差を埋める解説役もしくはやや積極的な相槌マンに回らざるを得なくなることだ。

なぜこんな仕事みたいなことを飲み会でしなければいけないのか。

そんな悲劇も映画が趣味だと自称していなかったら起きなかったことだ。

 

おとなしく映画が趣味とは言わず、暇な時に見てますよ、ぐらいのスタンスでいればよかったのだ。相手が仮に映画が好きだった場合、それに乗っかればよい。自ら映画のフィールドを作り、その場での会話をマネジメントするのはリスクが高すぎる。

 

私は映画趣味を諦めた。かといって別の趣味があるわけではない。

今日から私の趣味は「はてなブログ」だ。内容を尋ねられたら、ITパスポートの対策記事を書いていると言ってごまかすつもりだ。

 

 

【ヴェノム】言うほど最悪ではない。(感想:ネタバレあり)

www.venom-movie.jp

 

見てきた。

ヴィランが主人公の映画ということで、「基本スタンスは悪なんだけど、とある事情から別の悪と闘い、結果、平和を守ってしまった」的なストーリーを期待していたのだけれど、残念ながら方向性は全く違う。そもそも原作でのヴェノムはどんな立ち位置なんだろう?まぁ素直になれないアンチヒーローだけど、基本的にはいいやつ、敵な感じなのかな。

 

 

まぁ、可愛いって言われてしまうのもわかるわっていう感じの、バディヒーロー物であった。せっかくマーベル最悪と言われたヴィランを使うのであれば、もう少し・・・って感じはあったけれど、期待していた内容と方向性が違っただけで、決してつまらないわけではなかった。

 

むしろヴェノムに寄生されたことで正義感が増す主人公

主人公エディは記者なのだが、序盤でライフ財団の取材を依頼された際に、「人間による生体実験を行っていた」ことを追求し失脚。しかもそのソースが恋人の弁護士アニーのPCを盗み見て得た極秘文書だったため、アニーもリストラ。結果、破局

控えめに言って、まあ悪いやつではないけれど、ダメな奴である。正義のヒーローとは程遠い。しかも男らしい一面があるというわけではなく、なじみのコンビニにギャングが訪れても知らんぷり、同じアパートでギターをかき鳴らす騒音野郎がいても注意出来ない。

はっきり言って、ヴェノムに寄生されるまではただの残念な男なのである。

 

しかし、ライフ財団の科学者の内部告発を受け、宇宙から地球に持ち帰ってきたシンビオートの人体への寄生実験をしている現場を押さえようと深夜のライフ財団に忍び込むような行動力は持ち合わせている(もはやすべてを失った人間の捨て身の行動ともとれるが)。その「真直ぐになれない正義感」「ヒーローになり切れないヘタレ感」が人間らしくてよろしい。

 

で、結果ライフ財団に忍び込んだ結果、ヴェノムに寄生されることとなる。

その後の彼の成長は目覚ましい。

ヴェノムはエディを気に入ったため、地球を侵略するという本来の任務を捨てることになるのだが、基本的には「人間を食べたい」欲求を持ち合わせた外来種。寄生したヴェノムは人間を食べようともするし、人間離れした行動を規制したエディの身体で次々と行っていく(レストランの水槽に身体ごと浸かってエビを食べちゃう)。

彼を窘めなければいけないという立場が、エディ本人の精神を成長させ、ヴェノムの戦闘力を得たからこそ、ヘタレではなく自らの思う正義を強気に遂行できるようになる。

「決していいやつではない」×「最悪」=「いいやつじゃなかったはずが、いい感じに見える」

「へたれた精神」×「圧倒的戦闘力」=「2人なら最強だぜ!いえーい!」

的な、寄生されたことによるシナジーは作中で結構描けていると思う。つまり、バディヒーローものとしては成功だ。

 

ヴェノムは可愛い

常にお腹が空いているヴェノム。

エディに取りついて間もない頃、エディのありがとうに対して素直に「どういたしまして」と答えてしまう礼儀正しさ。

エディに恋愛のアドバイスをしちゃう感じ。

思ったよりも早く仲間のシンビオートを裏切り、地球のために闘うことを決意するヴェノム。

 

どっからどうみても、最悪ではない。チャーミングな、人間とは違う生き物である。

 

ヴェノムはキャラクターとして魅力があるのだが、エディとの和解があまりにもあっさり過ぎる(エディもヴェノムも「はぐれモノ」だったから、シンパシーを感じたらしい)のは、非常に残念。せっかくだからエディとヴェノムをもう少し対立させるとか、エディ側の恰好を丁寧に描くとかしないと、最悪なヴェノムが全然活きない。

あっという間に「2人はヴェノム!」な感じになってしまったのは惜しいところ。

 

アクションは面白いけど短い

地球に飛来したシンビオートのうち、最強格とされるライオットは、ライフ財団の長であるカールトンに寄生する。カールトンは宇宙からシンビオートをさらに呼び寄せ、地球の侵略に手を貸そうとクライマックスでロケットで宇宙に飛び立とうとする。それを阻止しようとするエディとヴェノム。

人間×シンビオート同士の闘いがクライマックスでは繰り広げられる。

ここがなかなか面白く、スライム状の生物が殴り合いをしている一方で、その中身の人間も殴り合っているような描写があり、そのアクションシーンはもっと尺をとってほしかった。

 

おそらく続編あり。

エンドクレジット中に、エディが快楽殺人者のクレタス?を取材し、彼が大虐殺がはじまるぜー!と言って終了。ググってみると、彼にもシンビオートがとりつくらしいので、続編のヴィランは彼になるだろう。

 

MCUに出張中もスパイダーマンも次回作でソニーの世界に戻ってくる権利はあるだろうから、ぜひとも共演はしていただきたいところ。原作ではクレタスに寄生するカーネイジはスパイダーマンとの共闘で倒したらしいので。

 

ちなみにエンドクレジット中に全く別の世界観のスパイダーマンのアニメがやってた。

2019年公開予定のスパイダーバースの特別映像らしい。結構長めなのでお楽しみに。


映画『スパイダーマン:スパイダーバース』予告

 

 

 

バーチャルシンガーYuNiちゃんが可愛いし歌が素敵なのでオススメしたい。

www.youtube.com

 

バーチャルユーチューバーが世間を賑わせているが、最近はバーチャルシンガーと言われる方々もいるようだ。

確かにバーチャルユーチューバーコンテンツをけん引しているキズナアイちゃんも歌ったり踊ったりしていた。そして、彼女にサイリウムを振る我々人間。そんなジャンルが誕生するのも時間の問題だったのだろう。

 

そして私は出会ってしまった。可愛いバーチャルユーチューバーと。


YuNi MV 「透明声彩」

YuNiさんである。

結構幅広いジャンルの曲をカバーしているのだが、「透明声彩」ははじめてのオリジナルソングとのこと。

スマートフォンの中から始まり、サビでは彼女の周りに動画を纏わせ、LINE風のメッセージアプリでのやりとりで歌詞を表現、まさしく「バーチャル」な様を表現している彼女の自己紹介的な歌になっている。

 

僕は彼女の発音の良さがとても好きで、歌詞が明瞭に心に響く感じがとても良い。声質も癖がなく、綺麗だ。

そんな彼女がカバーしている曲で、好きなものを10曲ぐらいオススメしたい。

シャルル


【息継ぎ必死】シャルル 歌ってみた - YuNi

サビの高音も綺麗だが、1:51~の「苛まれたとしても」の力強い歌い方もギャップ萌えである。下に原曲も貼っているが、動画の演出も本家へのリスペクトが感じられて素敵だ。


シャルル/flower

 

シャングリラ


【愛してくれ】シャングリラ 歌ってみた - YuNi【チャットモンチー】

真ん中で座っているYuNiちゃんが可愛い、眼福動画。

原曲の「緩い雰囲気」が彼女の声にとてもマッチしている。Cメロ「歩いてみりゃ楽かもしれないな」の発音も丁寧。

 

太陽曰く燃えよカオス


【うー!にゃー!】太陽曰く燃えよカオス 歌ってみた - YuNi 【這いよれ!ニャル子さん】

畑亜貴作詞の曲は、メロディの勢いで聞き手をノリノリにさせ、解釈に困る歌詞を頭を使わせるまでもなく「分からせる」ことが魅力だと思っているが、このカバーは全く逆だ。

恒例のぶっ飛んだ歌詞を、優しく諭すようにゆるゆる歌っている感じがたまらない。曲がうるさすぎず声がちゃんと立っているのもよい。この曲、こんな歌詞だったんだ、という気付きが合った。

歌のお姉さんにあやされているような気持になる。バブみという言葉があるが、私はこの動画を見て初めてそれを感じた。

ジト目とニコニコ笑顔を巧みに操り、聞き手を魅了する歌のお姉さん。好きになってしまう。

 

エイリアンエイリアン


【ウエストがしんどい】エイリアンエイリアン 歌ってみた - YuNi

エストがしんどい。

曲の間ずっと腰を振り、踊り続ける彼女の健気さに心を打たれる。観賞用としては私のNo1動画だ。

2:02 いぃ↓ 、可愛い。

2:46、「しゅき」

 

まちぶせ


【昭和の名曲】まちぶせ 歌ってみた - YuNi 【石川ひとみ】

昭和のTVショー感が好き。メロのしっとりした声からのサビの綺麗な伸びが良い、バラードというか曲調がゆっくりな曲の方がYuNiちゃんの声が活かされる気がする。

心なしか表情も大人っぽく見える。

 

おねがいダーリン


【こっち向いてったら!】おねがいダーリン 歌ってみた - YuNi

 色々聴いていて気付いてしまったのだが、結果僕は可愛い曲を好きになってしまう傾向にあるみたいだ。この曲はKAWAIIの筆頭であり、いかにもダーリンに全力の思いを伝えているかのような手振り身振りが可愛くてしょうがない。

この手のアイドル系楽曲は、圧倒的なビジュアルを持ち合わせるYuNiちゃんにドンピシャである。

  

ラムのラブソング


【うっふん♡】ラムのラブソング 歌ってみた-YuNi 【うる星やつら】

うっふん♡ の一撃で堕ちた。

 

命に嫌われている。

 


【生きろ】命に嫌われている。 歌ってみた - YuNi

Kawaiiな曲ばかり聴いた後に、こういった曲を聴くと表現力の高さに驚く。

ハイペースイケボソングも行けるということも忘れてはいけない。

 

以上、8曲。

傾向としては①可愛い曲が良い ②スローテンポの曲が良い ③発音の良さと綺麗に伸びる高音によって原曲にない魅力を発揮している曲が良い という感じだろうか。

彼女の今後の活躍が楽しみだ。

 

ちなみに、動画の最後に次のオススメ動画を紹介しているYuNiちゃんが抜群に可愛い。腕をフリフリしながら次の動画を指さしているのだ。健気さが、尊い

 

【フリクリ オルタナ】17歳女子が青春を叫ぶ映画(感想:ネタバレあり)

flcl-anime.com

見てきた。

2時間20分の長編だからどうしたもんかな、と思ったけど映画館で何度も見た予告編のオーラに負けて、わざわざフリクリOVA版を前日に6話詰め込んで、見に行った。


劇場版「フリクリ オルタナ」& 劇場版「フリクリ プログレ」本PV

 

伝説のOVA作品として有名なフリクリを見た私の印象は

 

良くストーリーは分からないけれど、もやもやした小学6年生男子がピンク色の自由奔放なお姉さんに引っ掻き回されて、クライマックスでthe pillowsのカッコいい音楽をBGMにぐりんぐりんロボットが動き回る戦闘で魅せる作品。

頭で考えるのではなく、頭をベースギターで殴られて楽しむ作品。

 

といった感じだ。

つまり、勢いで面白がっていたが、そこまで愛着はない。

だが、「オルタナ」は結構楽しめたので、どんなもんだったか語るぞ。

 

フリクリっぽいけど、フリクリではない映画(まだネタバレなし)

フリクリの文脈やモチーフを利用して、女子高校生4人の青春を描きました」という映画であった。

フリクリという冠がありながらも、OVA6作に比べると明確に異質。まさしくオルタナなので、タイトル通りの作品だね。

 

もう少しかみ砕いて説明すると、

これフリクリじゃなくてよくね?と思われるほど、フリクリの文脈は無視していない。

ヒロインがもやもやすると頭から何かが生え、それをハル子が引っ張り出して戦闘開始、それも最高にクールなBGM付きで。アイロンが街に出現し、世界の終わりが訪れるという設定も引き継いでいる。パロディネタが散見されるのも、まぁ原作のリスペクトだろう。

ちなみに本作2時間20分程度の超大作なのだが、構成もOVAと同じように、短編×5という構成になっている(詳しい中身は後述)。

音楽も当然the pillowsだし、OVAで使われていた曲も流れるので、そこも嬉しいファンサービスだ。

 

そういった、「分かりやすくまとめるとフリクリってこういうOVAだったよね」という要素をまとめたときに上がるような表層部分のモチーフは引っ張ってきている。ちなみに僕はフリクリのそういう大まかな流れ、様式美が好きだったので、この点については非常に満足している。

 

しかし、「これぞフリクリ!」としっくりはこない

OVA6作の鬱憤を抱えた登場人物達が醸し出している空気感は、「オルタナ」については一切ない。

説明が難しいのだが、OVAの方はなんだか全体的に街の雰囲気も暗いし、登場人物の持つ闇の一面は決して1話1話で明確に気持ちよく解消とされるというわけではなく、あくまでも「世界が終わり」を生きる彼らがほんの少し救われると言うだけの話だったと思う。

だからこそ、一抹の希望、光としてハル子のキャラクターが映えていた部分があったし、最終6話のナオ太の活躍がクライマックスにふさわしいものになる。

僕にとって、OVAフリクリは捻くれた人間が6話分じっくりかけてハル子に巻き込まれながら、バットを振る人間に成長したという物語だ。

 

で、「オルタナ」はどうかというと、「今が一番幸せ♡」な友達大好きなJKが主人公であり、彼女を取り巻く環境は基本的にきらきらしており、清涼感たっぷりの作品に仕上がっている。

アイロンが露呈し世界の終わりを意識し始めるタイミングはかなり終盤で、それまでは、普通のJKとしての生活の中で、彼女ら4人の仲良しグループの面々が感じる青春な悩みを丁寧に描いているような作品となっている。

そういった青春を生きる女子高校生達に、フリクリの枠組みをあてこみ、彼女らの悩みの爆発をpillowsのミュージックにのせて、ピンク髪のお姉さんがベスパとベースギターでロックにファイトする感じに仕立てあげているのが本作だ。

 

要は、枠組みは同じようで、やっている内容は全く違う。

僕はそれ自体は悪いことだと思わないが、「こんなのフリクリじゃない!」な人が現れても仕方がないだろう、とは思う。だって、フリクリじゃなくてもこの作品は出来るからね。

 

「叫べ、17歳」な映画。

本作はショートストーリーが5本連なり、1つの作品を作り上げている構成となっている。

 

ショートストーリー5本の内訳とあらすじは以下の通り。

 

1.主人公のカナちゃんメインパート(ほぼ作品の導入)

-毎日楽しいよね~。うわーお、よく分からない地球外生物が攻めてきた!ピンクの人も来た!

 

2.仲良しグループの一人聖ちゃんメインパート

-聖ちゃん大学生と付き合ってるの!?え、別れるの?そんな簡単に別れるなんてわからないよ!

 

3.仲良しグループの一人満ちゃんメインパート

ー満ちゃんファッションデザイナーになりたいってマジ?でもバイトとコンテストの両立なんて無理だから手伝わせてよ!やったね、うまくいったね!!

 

4.カナちゃんが好きなクラスメイトの佐々木君メインパート

ー好きだと思ってたけど、やっぱりまだ恋は早かった♡

 

5.仲良しグループの一人友美ちゃんメインパート

ーアイロンが地球を真っ平にしちゃう!?それどころか小学生時代からの幼馴染が火星に行っちゃうなんて!ちゃんとお別れもしないなんてひどいよ、地球を救うために叫びます!

 

それぞれの物語で主人公のカナちゃんがもやもやするので(友達想いで感情移入し、すぐに友達言葉を交わしたくなる性格)、そのタイミングで頭から異形が発生、ハル子さんがベスパとギターでロックに闘って一件落着、が基本パターン。

「モヤモヤしたし、悩んだけれど、思いっきりストレス解消いえーい!!!」といった気持ちの良い展開を何度も繰り返しているのが本作。

流石に同じような展開が続くので、1本の映画として見たときは流石に間延びしている印象は持ったんだけれど、「オルタナ」スゲーなーって思ったのは1話1話は起承転結しっかりしていて「なんだこのキャラクター意味わかんねえよ」って矛盾がないこと。

最後のオチがよくわからなかったこと以外は、引っかかる部分がない優等生的な脚本だったと思う。

特に、登場人物(華のJK)の悩みにフォーカスして物語を展開しているだけあり、キャラクターの描写は丁寧で、彼女らが何を考えて、なぜこういった行動に出るのか、しっかりと腹落ちした。

よく脚本に振り回されてキャラクターがちぐはぐな動き方をしてしまう作品があるが、本作はその矛盾が生じていなかったとは思う。

 

総括

女子高校生のビタースイートな悩みと友達と支え合いながら乗り越えていく青春もの、として見たときの完成度は高いと感じた。ゴリゴリの戦闘シーンが良いアクセントになっている。

 

が、「フリクリ」でよいのかはわからない。「フリクリ」原作に思い入れがない人ほど、楽しめる作品な様な気がした。

 

【アントマン&ワスプ】ポストクレジットの内容が気になって気になって(インフィニティ・ウォーのネタバレもあり)

marvel.disney.co.jp

見てきました。MCUファンとしてはインフィニティ・ウォー後初の作品としても期待をしていたのだけれど、、、

 

ざっとネタバレしながら感想を書きます。

 

感じざるを得ないスケールダウン感

ブラックパンサー、インフィニティ・ウォーとMCU作品が続いている中、上がり切ったハードルを乗り越えられなかったのではないか、というのが素直な感想。

作風もスケールも違うシリアスな作品が続いた中で、インフィニティウォー直前の話をGotGほど振り切れていないコメディタッチのヒーローアクションにしてしまったのはまずタイミングが悪かった。

また、前作アントマンで感じた身体が小さくなるという特性を活かしたアクションも目新しくなくなってしまったのも残念。

本作は「小さいならではの描写」は少なく(ミニマムサイズにカメラのフォーカスがあまり当たらない)、サイズを変えることが出来ることを活かしたアクションに振り切っていた印象だ。小さくなり姿を消し、次の瞬間別の角度から攻撃をする・・・といったスピード感溢れるアクションは良かったのだが、1作目で形成されたアントマンへの期待はそれではない、と言った感じ。

本作ではアントマンが結構な頻度で巨大化するが、やはり小さくなった世界での描写の方が面白い部分はあったので、あまり印象に残らなかった。

というのも、本作のヴィランは物をすり抜ける能力を持った女性と、スーパー能力を持たないヤクザみたいな人である。シビルウォーのように圧倒的な戦力を持つ連中の中での巨大化は映えるのだが、どうも本作のヴィランが相手だと巨大化は盛り上がらない。

 

とは言ったものの、ちゃんと映画として面白い

今回はアントマンだけでなく、ワスプも主人公。

 

公式でも「頼りなさすぎるヒーロー・アントマンと、完璧すぎるヒロイン・ワスプ。」と謳っているように、基本的な話の流れは

アントマンがヘマをやらかす

②ワスプがフォロー

③とはいったものの、ワスプもピンチに陥る

④そんな時にはアントマンが活躍

を繰り返している感じだ。

 

新ヒロインのワスプに焦点が当たるし、元々アントマンはダメ人間っぽいところがあったので、「ワスプを立ててアントマンを落とす」という印象は一切抱かなかったので、そこはバディとして絶妙なバランスを保てている。

もはや「彼らはセットじゃないといけない」という印象を持たせることには成功した。

 

話の流れとしては、

■量子世界に囚われたワスプのお母さんを取り戻そうとしラボにマシーンを製造

■身体がすり抜ける本作のヴィラン「ゴースト」がワスプのお母さんの命を源とし、自らの身体の不具合を治そうとする。そのために、ラボ(アントマンの世界観なので、キャリーバックサイズに縮む)を奪おうと画策する。

■ヤクザみたいな一般人もビジネスのために、ラボがほしい。

■上記3勢力の皆で、ラボの奪い合いが行われる。

みたいな感じで、ずっと追いかけっこをしているような状態だ。そのため起承転結がはっきりしていないのっぺりした話になっている。合間合間で刺し込まれるコメディちっくなシーンで笑い、小さくなったり大きくなったりアクションでわくわくするのが本作の基本的な楽しみ方だ。

 

インフィニティウォーの結末は?

もはや見る前からポストクレジットの内容が気になって仕方がなかったのだが、案の定ポストクレジット中の映像でサノスの指パッチンの結末が描かれる。

 

アントマン(スコット)⇒生存/ただし量子世界に取り残され元の世界に戻る手段が現状内

■ワスプ(ホープ)⇒消滅

■ハンク(ホープの父)⇒消滅

ジャネット(ホープの母)⇒消滅

■ゴースト(本作のヴィラン)⇒不明

 

ワスプは家族を取り戻し、アントマンは量子世界に本作のヴィランであるゴーストの容態を安定させるための素材を取りに行く。しかしその素材の採取に成功したが、アントマンを元の大きさに戻す装置が作動されない。なぜなら、指パッチンでホープの家族は全滅してしまったから。

というのがポストクレジット中の映像の内容。

 

アントマンは実質動ける状態にいないので、4作目アベンジャーズは初期メンバーとキャプテンマーベルが主に動く感じになる感じだろう。量子世界には謎の可能性が秘められているので、中盤ぐらいからアントマンが絡みだす可能性もなきにしもあらずだ。インフィニティウォーで活躍できなかった分しっかりとした見せ場を作ってほしい。

 

だけど、せっかくバディ感を本作で醸成したのに、ワスプだけ消滅というオチはなかなかもったいない気がする。

本作のクライマックスである家族の再開シーンも、インフィニティウォーの結末を知ってしまっているから手放しに喜べなかったし・・・。

MCUという大きな枠組みの中での1作品を創るってやっぱり難しいんだな、と改めて感じた作品であった。

 

 

君の膵臓をたべたい(2018/アニメ)と特典『父の追憶の誰かに』の感想(ネタバレあり)

kimisui-anime.com

見てきた。

 

当ブログにおいては、「君の膵臓をたべたい」について既に2つの記事を書いており、

midoumairu.hatenablog.com

midoumairu.hatenablog.com

 原作、実写映画についてあれこれ語っているのだが、特別強い思い入れがあるというわけではない(つまり、内容について詳しく語ったり、この描写が・・・というマニアックな説明が出来ない)。

だが、アニメ版「君の膵臓をたべたい」、とても好きな映画だった。

ネタバレありで感想を書きたい。

 

原作が好きな人は確実に楽しめる作品

原作を読んだのが遥か昔なので、微細な部分のストーリー展開の違いがあったかもしれないが、基本的には原作の内容を忠実にアニメーションに落としている。

原作の内容と大きなブレがないので、小説が好きな人が望んでいた映像化作品であると言えよう。実写版は大幅な改編が入った挙句、大切な要素を改編していたので、原作ファンは不満に思ったかもしれないが、本作においてはその恐れは一切ない。

(「君の膵臓をたべたい」の意味も丁寧に解説されていたし、共闘文庫を読むタイミングも内容も変わっていないし、ちゃんと高校時代に恭子さんに友達になってくださいと伝えている)

 

原作で私が好きな描写は、他者が「僕」の名を呼ぶときに、「僕」が考える相手にとっての自分の印象を墨付カッコ【】で囲って描写しているところなのだけれど、映像化でその描写を再現するのは困難なものの、彼と桜良さんとの会話の中でそのこだわりについての言及もされており、最大限の配慮がなされていたと思う。

 

小説が原作なだけあり、「僕」の心情はうるさくない程度にナレーション形式で体ねぇ位に説明されているし、原作のエピローグの部分はしっかりとエンドロール後の映像で流すといった細かい配慮も申し分ない。

 

もうこれだけで、原作がありきの映像作品としては満足してしまう域に到達しているのだ。

 

アニメーションならではの魅力

本作は「原作が小説のアニメーション」のお手本のような作品だと思っている。

原作の良さを踏襲しながらも、映像と音楽の力でそれを助長させ感情を揺さぶってくるのだ。

 

まずは音楽。


『君の膵臓をたべたい』sumika「ファンファーレ」付き特報

本作はOP,ED,劇中歌をすべて「sumika」が担当していて、彼らも本作に標準を合わせた曲を書いてきていることもあり、中々良い。

特にOPのファンファーレは物語の始まりを感じさせる爽やかな曲調でとても良かった。短いが、桜の下で「僕」と桜良が並んでいる絵面が綺麗なのだ。

 

「Lovers」いいなぁとyoutubeで聴いてた彼らがいつの間にか売れてるバンドの仲間入りをした挙句、大型タイトルとタイアップしてるなんて感慨深い。


sumika / Lovers【Music Video】

 

あとは本作の大切なモチーフである「桜」がビジュアルとして目に見えて、しっかりと美しいのが原作では楽しめないポイントだろうか。

物語のクライマックスである「僕」が桜良の遺言を読むシーンだが、あの部分はアニメーションならではの装飾がなされており、桜良が「僕」に貸した『星の王子さま』のモチーフになぞられて、桜良と「僕」が会話するような形で描かれている。

※「愛読書は人となりを表す」と言っていた「僕」が、桜良の死後、彼女の唯一愛した書籍「星の王子さま」を読んだからだろう。「僕」のイメージする桜良像が描かれててとても好きな描写だ。

 

その時、花畑のように桜が広がっているシーンがあるのだけれど、桜良の手紙の内容も相まって感情を揺さぶってくし、その直後か直前か記憶が混濁してて覚えてないのだけれど、「僕」と桜良との思い出がいくつもの一枚絵として次々と映し出される描写があるのだけれど、あれは卑怯である。否応なしに涙ぐんでしまう。

 

キャラデザが良いので、「僕」と桜良がハグをするシーンもとても暖かく感じられる。ハグする後ろで満開の花火という青春物の様式美もしっかりと抑えられていて、言うことなしだ。

 

逆に違いは?

僕の読解力がないからなのか、原作では「僕」の桜良への感情も、桜良の「僕」への感情も、かなりぼやかしていたと思っている。だからこそ、エピローグの「本当は好きな子は君だったんだ」的な文章がとても良いのだが、映画版にはそれがない。

 

映画版だとかなり序盤から「僕」が桜良を女の子として見ているんだろうな、という描写がかなり多めで、桜良もそれを助長させるような思わせぶりなことを言うものだから、もはやこれが恋愛じゃなくて何なんだ、という印象を持った。

「友達でも恋人でもない大切な人」という関係よりは「付き合ってるだろこいつら」的な印象が強く、作中でクラスメイト達から勘違いされても仕方がないな、と思わされる。

何というか、原作は文字が多くのっぺりしている分、そのイチャイチャ感はあまり出ていなかったのだけれど、いざ絵を付けて声を付けるとやっぱりこいつらのそれは恋愛だよな、と思ってしまったというか。

 

「彼らの絶妙な関係性」が恋愛に近しい形で落とし込まれていたような気がしたのが、少し残念なところだろうか。

 

特典『父の追憶の誰かに』について

公開初日に見てきたのだが、こんなのを渡された。

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32ページの短編で、『君の膵臓をたべたい』と世界観を共有している作品である。「僕」と桜良の兄の娘が墓参りをしているのを浮気と勘違いした「僕」の娘(=ふゆみ)が、恭子とガムの人の娘(=あんず)と一緒に尾行をする話である。

 

大人になった「僕」は出版社に勤めていて、既に家族との生活を人生において一番幸せな時間だと過去を乗り越えている。それでも、桜良との時間は大切であったことが言及されている。

原作ファンにとっての完璧な救いの物語。良い続編であった。

 

ちなみに、後半には高杉真宙さん×住野よるさん、Lynn×住野よるさんの対談が掲載されているので、そこもお楽しみ。僕はあまり作者が作品について語る機会は好きじゃないので、まだ未読ですが、きっと良いことが書いてあるはず。

 

 

【ペンギン・ハイウェイ】夏の少年とお姉さんのおっぱい(感想;ちょっとネタバレ)

penguin-highway.com

 

見てきた。

森見登美彦氏が好きなのだが、「ペンギン・ハイウェイ」は原作からしていわゆる森見登美彦らしさ(腐れ大学生×京都)から外れたかなりの意欲作だったので、見るのが楽しみだった。

※ただし遥か昔に読んだので、ディテールは思い出せないほぼまっさらな状態で鑑賞。

 

とても面白かったので、物語の核心には触れずに感想を書きたい。

あらすじ

ABOUT THE MOVIE|映画『ペンギン・ハイウェイ』公式サイト

こちらを読んでいただきたい。

簡単に説明すると、

■研究熱心な小学四年生のアオヤマ君が主人公。

■アオヤマ君が住む町にペンギンが出現

■アオヤマ君が大好きなお姉さんが、ペンギンを出現させる力があることが判明。

 アオヤマ君はペンギンとお姉さんの謎について調べることにする。

■さらに、アオヤマ君の同級生のハマモトさんが発見した謎の球体、通称"海"の研究にも

同級生のウチダ君と一緒に取り組むことに。

■お姉さん、ペンギンたち、海の関係を少しずつアオヤマ君は解明していく。

 物語のクライマックスで、アオヤマ君がその謎を解き、街のピンチを救う。

 

といった感じだ。

 

スタッフ/キャストの話

劇場を後にしてから、記事を書くために調べたのだけれど、変な声が出てしまったので、言及しておきたい。

監督:石田祐康氏

僕はアニメにあまり精通していないので、初めて見る作品だなあと思っていたら、見たことがあった。


「フミコの告白」Fumiko's Confession 

2009年に発表された自主制作アニメーションらしい、当時目にして驚いた記憶がある。

女子学生がすごい勢いで、パンツ丸出しで、街を突き抜けていく作品である。

 

ペンギンハイウェイのクライマックスシーンでも、アオヤマ君、お姉さんがペンギンたちと一緒に街をすごい勢いで駆け抜けていくシーンがあるのだけれど、「フミコの告白」に近しい疾走感があった。

(もちろんグレードアップしているけれど、ルーツがここにあるんだな、と明確にわかる程度には似ている)

 

「フミコの告白」が気に入った人は、大画面・大音量の劇場でグレードアップしたアニメーションを見れるってだけでも、足を運ぶ価値があるぞ。

脚本:上田 誠 氏

本作、彼が監督をしていることを知らなかったのだけれど、本作のオープニングで彼の名前が出たときとても安心した。

 

森見登美彦作品は幾度かアニメ化されているが、上田氏が脚本を担当している作品は「四畳半神話大系」および「夜は短し歩けよ乙女」。原作の雰囲気を損なわずに、原作より長尺のアニメ版(四畳半)、そして劇場版向け(夜は短し)に内容をアレンジした手腕がある。

今回は原作をあまり覚えていない状態で見たので、「原作と違う!」問題はあまり発生しないとは思っていたが、それにしても彼が脚本を担当しているのは森見ファンとしては安心ではあった。

 

声優たち

所謂本業声優ではない人が混じっているが、基本的には皆さん上手。

アオヤマ君のお父さんを担当しているのが西島秀俊氏なのだが、皆がアニメーション向けの声を当てている中で、彼がのっぺりしているような印象を持つが、確実にアオヤマ君のお父さんのキャラクターを狙った演技なので、まあそこまで気にならない。

 

特にお姉さん(CV蒼井優)と、ウチダ君(CV釘宮理恵)がはまっていたので良し。

ウチダ君が最高に可愛い小学生やってた。釘宮理恵さん強いわ。

 

小学生の視点で「夏の小冒険」が楽しめる

本作の魅力は、小学生の視座で夏の物語を捉えることが出来るところにある。

 

「夏っぽさ全開の画像を見ると、胸が締め付けられる」という経験をしたことはあるだろうか。本作は、それを約120分間楽しめるイメージ。

それも、感受性が豊かで、瑞々しい感性を持った子どもの視点で夏を楽しめるのだから良い。

小学生同士のとか自由研究とか冒険とか年上の憧れのお姉さんとかどうしようもない別れとか、そういった「懐かしい!ちょっと切ない!」というノスタルジー要素が夏に乗っかった感じだ。

 

もちろん、本作がこのような作品として完成されたのは、「小学生の物語なんて感情移入できないよ」とならない工夫が散りばめられているからだと思う。

 

例えば、基本的にカメラが小学生の視点になっているので、アオヤマ君の目で物語を楽しめるようになっている。こういった細かい配慮が没入感を作り出している。

話が少し逸れるが、タイトルに書いた「お姉さんのおっぱい」が好きなアオヤマ君の目線で物語を楽しめたらどうなるか。そう、お姉さんのおっぱいが常に強調されているという素敵な物語になるのである。こだわりがすごいので、楽しみにしていてほしい。

 

あとは、脚本で言うと、アオヤマ君は「小学生」という枠とは多少外れた、大人びたところがあり、ある程度物語に破綻をきたさない行動が出来かつ大人としっかりと対話ができる存在であるのが大きい。

そして、彼を正当に評価する大人の目線(お姉さん、アオヤマ君のお父さん、ハマモトさんのお父さん)が物語の随所でしっかりと描かれている。そのお陰で、アオヤマ君が、大人である我々が理解できる存在として成り立っている。

お姉さん、ペンギン、海の謎も程よく、アオヤマ君と一緒に考えながら作品を見られるというのも楽しみの一つだ。

 

最後に余談だが"夏感"の中でも私が好きだったのは、光の描写のこだわり。

水の描写が結構多いのだけれど、ちゃんと水に光が跳ね返っている感じが見て取れる。

あとは森のシーン。カメラの移動にあわせてしっかりと暗くなったり明るくなったりと木漏れ日がしっかりと書かれているのね。「あぁこれが夏ですよ」って気分になった。

 

余談

エンドロールの最後にアオヤマ君とお姉さんが背中合わせで座っている絵が出てくるんだけど、物語をすべて見終えた後のあの一枚が一番感情を揺さぶってきた。

小学生のアオヤマ君にとって、最後まで理想のお姉さんで居続けたお姉さん、大好き。