定時後に映画館

仕事の片手間に映画の話をします。

知らない誰かから金を受け取る恐怖

以前渋谷センター街付近の路上に5000円が落ちているのを発見し、警察まで届けたことがある。

どうやら、私は①5000円を落としたと申し出をしてきた人から、一部の金額を受け取る権利と②申し出がなかった場合、5000円満額を受け取る権利を得られるとのことだった。

結果として、私は①、②の権利どちらも断った。その権利を得るには、私の氏名と住所、電話番号を警察に伝えなければならず、それが何というか恐ろしかったのだ。おそらく警察に「5000円を落とした」と届け出てくる人はいないだろうし、その人に対して私の個人情報が伝わることもないだろう。だが、初対面の警察官に対して、5000円を拾った私の情報が漏れることさえも、私にとっては恐ろしかった。

 

気にし過ぎだろうか。

社会人になってから数年経つが、自らが社会に対して提供している価値と、それに対して受け取るべき適切な金額の感覚がある程度身についたように感じる。

だから、ほぼ無条件で、あるいは私の運がよかったお陰で、金を受け取ることに、ちょっとした違和感がある。

たまたま5000円を路上で見つけただけで、その5000円を手に入れるのは「受け取り過ぎ」。だから、私はその対価として、自らの情報を差し出さなければならない。私の情報を5000円で提供するようなことはしたくない。

なぜか警察に対して自らの情報を提供することをためらった私の考えが、当時はよく自分でもわからなかったが、今思い返すとこういうことだったんだろう。

 

最近、ZOZOの前澤社長が100万円を配るRT企画をやっていて、僕も申し込んだのだが、もちろん外れた。

 

 

当選したとしたら、受け取っていただろう。私は前澤さんというネームバリューがある人間をおそらく信頼してしまう。

 

前澤さん以外にもよくわからないツイッタラーたちがRTフォローした人全員に1万円プレゼントとか、100万円抽選でプレゼントとかやっていて、僕は見つけたら必ず参加するようにしているのだが、結果的に「やっぱりこの人から受け取るのは怖い」となって辞退してしまう。

恐怖の代償として受け取る金額100万円だったら別かもしれないけれど、1万円とかアイフォン程度では、その信頼できない人間とのやり取りへの価値としては不十分だ。

 

乱文になってしまったが、金を受け取ることと人への信頼について考えたいい機会だったので、メモとして残しておく。