定時後に映画館

仕事の片手間に映画の話をします。

合コン2次会のカラオケでWANIMA「いいから」を歌うとどうなるのか。

空気を読まないカラオケは楽しい。

 

先日女子大生とカラオケをする機会があった。社会人も3年目となると、学生という存在は別の生き物のように感じてしまうようになる。彼女とのやり取りは異文化コミュニケーションに近しいものがあった。

社会人3人と女子学生1人という構成で飲みの後にカラオケに行くことになり、音楽が好きな私は「最近の女子大生はどんな曲を歌うのだろう」と期待していたのだが、いきなり彼女はWANIMAの「いいから」を放り込んできた。

いいから

いいから

  • WANIMA
  • ロック
  • ¥200
  • provided courtesy of iTunes

otokake.com

 

要はワンナイトラブを男性視点で歌っている曲だ。隠喩とかではなく、歌詞でホテルに連れ込む男とそれについていく女性を丁寧に描写しているので、誰がどう見ても、あるいは聴いてもワンナイトラブの曲だと分かってしまう、取扱注意曲である。

 

僕はWANIMAの存在は知っていたが、曲はあまり聞いたことがなかったので、その女子大生が歌った「いいから」が初めてのWANIMAソングだったわけだが、メロディの疾走感と男性ならば残念ながら共感してしまう歌詞に一発で惚れこんでしまった。

 

何度も言うが、空気の読まないカラオケは楽しい。僕は「全員が知っている曲」ではなく、「僕が知らないであろう、あなたが本当に好きな曲」を聴きたい。どうせ素人が集まり歌うだけの会ならば、全員が各々好きな曲を歌い「へぇこの曲いいじゃん」と新しい出会いとコミュニケーションが生まれたほうが楽しいと思うのだ。

※もちろん世の中には新しく音楽を開拓するほど音楽に興味がない人の方が多いし、そういう人たちは自分が知ってる曲を歌ってくれないとカラオケはつまらないと思っているであろうことは承知の上で言っている。だから世の中で受容されているカラオケのスタイルは、僕にとってはつまらない。

 

ここで女子大生が社会人3年目世代の我々に標準を合わせ、中学生~高校生の頃に訊いていたであろう懐メロなど入れ始めていたら、私はWANIMAの魅力に気づかなかったし、なんなら「ヤバイTシャツ屋さん」の存在さえ知らないままでいただろう。

 

もちろんWANIMA的なワンチャンなどないまま、その晩私は健全なルートで独り帰宅をし、その後WANIMAの曲を聴き漁った。しかし、結局心の琴線に触れるのは「いいから」だけ。「いいから」をヘビロテする日々がしばらく続く。

それが、第一の失敗である。

 

(ここからが本題)合コン2次会で「いいから」は大丈夫なのか

結論から言うと、当然のごとくダメだったのだが、その経緯を書きたい。

「いいから」は女性が歌うか、完全に男女の関係になりえない場でしか歌ってはいけない曲だということが判明した。

 

私が知らない女性がいて、私が知らない男性もいて、共通の友人が複数いて、男女3:3計6人で、なんとなく男性が多めに金額を払う飲み会を「合コン」と称して良いならば、私は先日合コンに参加してきた。まぁ知り合いが多めでぎらついた雰囲気はなかったので、合コンというと大げさかもしれない。ただの楽しい飲み会だ。

全員同じ25歳なのだが、1次会から山手線ゲームが始まるなかなか面白い展開となり、客観的に見たら「おいおい大丈夫かよ、こいつやべーやつだぜ」と面白くなってしまうぐらい僕は酒をがぶがぶ飲んでいた。

それが、第二の失敗である。

 

このままなし崩れ的にカラオケに行くことになり、「あぁこれは空気を読まないといけないカラオケだな」と静かにしていたのだけれど、

1曲目

愛唄

愛唄

  • provided courtesy of iTunes

2曲目 

おジャ魔女カーニバル!!

おジャ魔女カーニバル!!

  • 茜屋 日海夏・若井 友希・久保田 未夢 from i☆Ris
  • アニメ
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

ときて、何だか魔が差した。選曲がつまらない。

 

このまま空気を読み合った曲を入れ続けるカラオケに何の意味があるのか。

・・・的なことになることは想像していたので、今回の飲み会の主催者に「2次会あるなら『いいから』を入れたい」と事前に言っておいた。彼は「いいよ」と答えた。

ある程度盛り上がり、酒も回った状況における「いいから」のポテンシャルを試したかったのだ。おおよそ変な空気になることは予想が出来ていたが、酔っていたら変な空気も打開できるだろうと信じていた。

 

というわけで、いいからを選曲。

しかし2人で歌った「いいから」は、決して「いい」とは言えない結果となってしまった。タンバリンを叩いている女性の楽しげな表情の7割が演技であろうことが透いて見えた。何というか、こう・・・「絶妙な関係の男女が見に行った映画が思ったより際どいシーン多めで、劇場を出た後会話が続かない」みたいな雰囲気になってしまった。

 

空気を読まないカラオケは楽しい、はずだった。

私は気付いた。空気を読まない行為が楽しいわけなく、空気を熟読して好きな曲を入れなければカラオケは破綻する。きっとあの女子大生は、空気を読み切った結果「いいから」を選曲したのだ。私よりもずっと社会的な生き物として完成している年下の女性に私は敬意を抱いた。私にはそれが出来なかった。

人間社会同様、カラオケボックスでさえも空気が支配する。何と息苦しい。

私には難しい。カラオケは、難しすぎる。

 

「いいから」を歌った直後、久々にトイレで戻した。そういえば1次会の時、ハガレン好きって言ってた人いたし、普通に「ホログラム」とか歌っておけば良かったとようやく冷静に後悔した。でもそれもまた全員には刺さらないんだろうなと思った。「メリッサ」ならいいのか、「リライト」ならいいのか。

戻ってきたら「プレゼント」が流れており、「大好きだったけど彼女がいたなんて」と彼女がいない僕が煽られ、グラス1杯分の酒を胃袋に収めた。

 

空気は読んだ方が楽しい。しかしそれにも限界がある。