定時後に映画館

仕事の片手間に映画の話をします。

【FEH②】ゴールのないゲームに熱中できない。

 

midoumairu.hatenablog.com

 

こんな記事を書いてからおよそ5日ぐらいが経過したが、FEHに飽きてしまった。飽き性にもほどがあるが、最近は毎日ログインすることすら怪しく、

歴代作品から満遍なく登場しているキャラクター育成も、FEらしい戦略性がありながらもスマホ用にコンパクトにまとまったゲームシステムも、ファンとしては申し分がないクオリティだったと思う。

 

しかし飽きてしまった。なぜか。クリアという概念がないからである。

毎日のようにログインし、オーブを貯め、時々ガチャを回し、いくつものミッションをこなしていく。この果てしない繰り返しに飽きてしまったのだ。

メインシナリオと呼ばれるものも存在するので、ひとまずそれのクリアを目指そうと黙々と手塩にかけて育てたキャラクター達をスワイプしていたのだけれど、なぜか途中で打ち止め。外伝等を攻略すれば シナリオが解禁されるのではないかといくつか攻略するが、どうやらググったところそういうわけでもないらしい。

 

私は途方にくれてしまった。何を目的にこのゲームを続ければいいのかわからなくなってしまったからである。

闘技場のランキングか。高すぎる目標は時にその者の意思を折ることとなる。ソシャゲガチ勢がわちゃわちゃと犇いている中、上位を狙うなど私には出来ない。

愛するキャラクターを引き当て、育てることか。残念ながら愛するキャラクター達の文脈がFEHにはない。かつて愛したキャラクター達は、かつて愛した作品という器の中でその魅力を存分に発揮していたが、召喚された彼らからはその器が失われている。背景がないキャラクターなど記号でしかなく、愛するには物足りない。

 

私の気持ちは折れてしまった。

クリアという与えられた目標がないと楽しむことが出来ない、目標を自ら作り出し楽しむことが出来ない、そんなゆとり世代(?)の人間なのである。

 

ゲームに求めていることは、定められた目標への邁進なのだ。与えられた目標に向かって、考え、努力し、クリアをする。それを適度な難易度で、気持ちよくこなせるのが良い。

しかし、FEHにはそれがない。大いなる目標がなく、日々こまごまとした目標が降ってくる。まるで、そう、そう・・・仕事のようだ。日々案件が私に降ってきて、そのためにまい進する。しかし、明確なゴールは見えない。目標を達成しても、まだその先に仕事があるのだから。

仕事はまだ良い。大いなる目標を自ら設定し、それに向けて日々のタスクをクリアしていく工夫をすることが出来る。

でもそれがFEHで出来るかといったら話は別だ。ゲームは娯楽なのだ。人生の大半の時間を占める仕事と同じことを求めないでほしい。生きていく中で必死に使っている「果てしないタスクを大いなる目標の達成に向けて日々消化していく」という能力を、ゲームで消化させないでほしい。

私は、ゲームに大いなる目標を与えてほしいのだ。ただ与えられたタスクをこなしているだけで、大陸の平和を守れるようなヒーローになりたいのだ。

 

だから、私はFEHをやめてしまった。目標を自ら設定しなければ楽しめないゲームに、私は没入することは出来なかった。ただでさえ自堕落、ゆるふわな頭。そんな私は、生きることに必死である。日々の仕事や人間関係で必死である。FEHに生きるうえで大切な能力である「自ら考える力」「目標設定する力」を割けるほどの頭のリソースはない。

 

そしてここまで書いていて思った。ゴールのないソシャゲーとは、人生そのものなのではないだろうか。多くの人間が没入する理由はそこにある気がする。終わりのないタスクを積み重ね、自らの化身あるいは仲間を強くしてゆき、達成することが出来るかもわからない大いなる目標に立ち向かっていく。

それは我々の人生と全く同じプロセスである。

与えられたシナリオをクリアする従来の売り切り型のゲーム。そして、終わりない目標をそれぞれ定め、楽しんでいくソシャゲ。その違いに私は気付かれた。

ソシャゲは人生であり。ゲームはゲームである。

私はゲームが好きだから、ソシャゲは楽しめなかった。もう一つの人生に没入することが出来なかった。

FEHという人生を僅か1か月未満で閉じてしまったが、後悔はない。シナリオで漆黒ハウスの再現を見れただけ十分だ。

明日から仕事である。FEHを捨ててでも、私は生きなければならない。