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【スイス・アーミー・マン】死体とのコント(感想:ネタバレあり)

sam-movie.jp

 

見てきた。ちょっとわからないところがあったから、疑問提起の意味も込めて感想を書きたい。

 

あらすじとざっくりとした見た感想(まだネタバレなし)

簡単に言ってしまうと、「陰キャのハンクと、死体のメニーが、遭難状態から人里目指してアドベンチャーする話」だぞ。

 

よく分からないと思うから、公式サイトから引用してしまうぞ。

無人島で助けを求める孤独な青年ハンク(ポール・ダノ)。いくら待てども助けが来ず、絶望の淵で自ら命を絶とうとしたまさにその時、波打ち際に男の死体(ダニエル・ラドクリフ)が流れ着く。ハンクは、その死体からガスが出ており、浮力を持っていることに気付く。まさかと思ったが、その力は次第に強まり、死体が勢いよく沖へと動きだす。ハンクは意を決し、その死体にまたがるとジェットスキーのように発進!様々な便利機能を持つ死体の名前はメニー。苦境の中、死んだような人生を送ってきたハンクに対し、メニーは自分の記憶を失くし、生きる喜びを知らない。「生きること」に欠けた者同士、力を合わせることを約束する。

 

 この文章だけ見ても、「メニー」がどんな死体なのかわからないと思うが、ポイントは以下2つだ。

①喋るし、ハンクと意思疎通が出来る。が、あらすじにある通り、記憶をなくしているし、人間としての「常識」が欠落している。

②メニーには超人的な能力があり、ハンクが人里に帰るのを助けてくれる。その能力は公式サイトを見てほしい(例を一つあげると、勃起した下半身が想い人を指すレーダーになっている、などだ)。

 

まぁ②の例で挙げている能力を見れば分かるが、この映画は基本的にはコメディ映画だと思ってくれていい。尻から噴出するガスで死体をジェットスキーのように乗りこなす主人公を想像してほしい。もうこれはコメディ以外の何物でもない。笑うしかないのだ。

 

しかし一方で、ただ笑かすだけでなく、かなり人間としての生き方の根本を見直させるようなハッとしたやり取りが繰り広げられる。自分の人生に自信を持てない人間であるハンクと、人としての常識が分からず人間が当たり前だと思っている事象について疑問を持ち、それについての意見をストレートに伝えるメニー。

彼ら2人のやり取りから、私たちの当たり前の生き方をひっくり返されるような気分になる。そんな映画であった。

なお、後述するが、この「深いやりとり」の多くは、人と人との関係の在り方、特に恋愛がらみである故、下ネタに発展している。「好き」という気持ちを最初は性欲と同じくくりで語ってしまうメニーが、徐々に変化していく過程もなかなか興味深いのだが、それは映画を見てからのお楽しみだ。

 

あらすじ(ネタバレ)

僕の疑問は物語のオチで生まれたので、最後まで内容を書かない分には語れないのだ。

というわけで、超ざっくりなネタバレを書くぞ。

 

無人島に流れ着いたハンク(経緯は不明)。死体(メニー)が流れ着いているのを発見。メニーが発するガスで、無人島を脱出。しかし、波に煽られて、二人とも水没してしまう。

 

②ハンクが目を覚ますと、そこは海辺の浜だった。無人島を脱出できたことを喜ぶハンク。メニーを置いて人里を目指そうとするが、心惜しくてメニーと一緒に森を行くことに。

 

③洞窟で休んでいると、メニーが話し出した。話し相手が出来たことに喜ぶハンク。

 

④メニーにえっちぃ雑誌を見せ、「そういうこと」について話していると、メニーの下半身が反応。下半身が女性を向けてレーダーの様に反応していることに気付いたハンクは、それをもとに人里を目指す。

 

⑤ハンクがスマホのトップ画にしている女性(サラ)をメニーが目にし、メニーはサラに恋に落ちる。しかしスマホの充電にも限界があるので、彼女の写真を頻繁に見せるわけにはいかない。そこでハンクがメニーのイメージを膨らませるために、女装し、街中で彼女とメニーが出会ったり触れあうシーンを再現してみせる(バスや食事をするレストランをジャングルにある材料で作ってしまうのだから大したものだ)。テンションをあげたメニーを頼りに、さらにハンクは人里を目指す。

 

⑥ついにスマホが圏内に入った。メニーに人里が近いことを伝えに行くと、その場にクマが。メニーの力を使い追い払おうとするが、メニーがハンクのスマホに写っていた意中の女性と他の男が幸せそうに肩を組んでいる写真を見て、意気消沈してしまう。ハンクはクマに襲われるが、メニーがハンクとの友情に芽生え、無事クマを撃退。

ちなみに、サラはハンクがバスで見かけて一目ぼれした女性で、一切関わりもない事物。この事実がハンクの闇の深さを物語っている。

 

⑦負傷したハンクをメニーが引きずって、遂に人里へ。人里というか、サラの自宅の庭に出てしまった。傷だらけのハンクは保護されるが、一緒にいた死体のメニーは真っ黒な袋に入れられ搬送されそうになってしまう。ハンクはメニーを見捨てられずに、彼を連れて森に逃げ帰る。その後を追う、サラとその夫と娘、テレビレポーター、警察、ハンクの父親。その際、サラはハンクが自作したバスやレストランの舞台装置を目にする。

 

⑧海辺に出てきたハンク。ハンクに手錠をかける警察。ハンクはメニーに必死に話しかける。彼は返事をしなかったが、冒頭と同じように彼がガスを発し始める。海辺に打ち捨てられたメニーは、そのガスで海の果てに消えていった。

 

まぁ、結構端折ってるけど、こんな感じである。あらすじ書くって難しいな。wikiの編集者を尊敬するわ。

衝撃ポイントは、ハンクがサラの半ストーカーであったこと、そして人里に帰って来てからの展開である。序盤のハンクは、無人島から人里に帰ってこようと必死だったこと、そしてもっと奇妙なメニーという存在のおかげで異質な印象を受けなかったが、メニーに対する思い入れが大きくなればなるほど、彼の異質さが目立っていく。極めつけは、ラストの狂った彼の様子とそれを不気味そうに見守るギャラリーである。

ただのコメディでは終わらず、何やら不穏な心に傷跡を残すようなラストを綺麗に飾った「スイス・アーミー・マン」。私は劇場からの帰り道、何度も首を捻った。あのラストは、なんだったんだ。

 

ハンクは、遭難なんてしていなかったのではないか。

ハンクが人と馴染めていなく、半狂人化したのは話のオチでよく分かったが、これまでの物語の立て付けがどのようになっているのかが気になる。

僕は考えてみた。

 

①そもそも無人島に流れ着いたわけでもなく、人里から離れた地で遭難していたわけでもない説。

⇒序盤に無人島と思われる場所でメニーと出会い、ガスの力で抜け出したっぽい描写をしたのはミスリードで、そもそもサラが住む家の近くの森っぽいところの近くにある波辺で自殺しようとしただけ。その後人里を目指そうと森を進む描写があるが、あれもただサラの家の付近をうろうろしていただけ(サラが家の近くでハンクが作ったバスの舞台装置を目にしていたのはそのため)。

⇒そうなるとハンクの狂人っぷりが納得いく。しかし携帯電話が圏外だったのが解せない。まぁそれは単に電波が悪かった、で説明がつくのか。

 

②ではメニーは何だったのか。

⇒ハンクの幻想なのかと疑ったが、サラの娘がコミュニケーションを行っているうえに、オチでカメラマンが海をゆくメニーの姿を捉えているので、彼の存在及び特殊能力は実在したものと思われる。

 

散々考えて、これ以外の回答が見当たらなかったのだが、どうだろう。

だとしたらこの物語は非常に気持ちが悪い話だと思う。ハンクの気が狂っていることは確かで、人と関わるのが難しいから独りで無人島ごっこに興じていた。そこに喋る死体が現れ、彼の存在によって彼は人との関わりを取り戻す。その喋る死体は彼の幻覚ではなく、実在する「喋る死体」である。

なんだこの、ファンタジーとリアル路線の微妙な折衷は。この感覚に背筋がぞわぞわするような奇妙さがあったから、見た後すっきりしなかったのだろうか。

 

「普通に遭難していて、ようやく人里に辿り着いた」という話であったとストレートに受け止めるのもよいが、道中かなり序盤で作っていたバスの舞台装置が家のすぐ近くにあったのがおかしい。もしかしたら、あれは持ち運び式なのか?と思ったが、その過程が端折られているため、事実関係はわからない。

 

ちなみに珍しく、この映画は友達と見に行ったのだが、そのオチについてはよくわからなかったという返事であり、同時にどちらでもよいという感じの反応であった。まぁ確かにそうか。

 

総括

下ネタとダニエル・ラドクリフ演じるメニーの死体離れした機能、そしてちぐはぐなハンクとメニーの会話に笑いが絶えない映画であった。

一方で、人間の深い闇とそれでも人と関わる美しさをストレートに伝えてくる一面もある。そのバランスがとても面白い。メニーが何でも言葉にしてしまうので、頭が悪い私にも「人間関係とは・・・恋愛とは・・・」となんとなく考えさせてくれる感じはとてもよかった。良い意味で「低俗な哲学書」だと思って見れくれればよい。